枕草子 (My Favorite Things)
【第174回】 再び肉食をめぐって(1999年11月8日)
- 南大沢は半端でなく遠かった。18時にシンポジウムが終わったのだが,家に着いたのは22時30分だった。もちろん新幹線の接続が悪くて,大宮で1時間も待った(ついでに立ち寄った本屋でみかけた幻冬社文庫の新刊がツボにはまってしまい,一気に3冊も買ってしまった)という事情があるので,実際に電車に乗っていたのは片道3時間半くらいだが,それでも普段の倍以上だし,在来線の揺れや騒音といったら新幹線とは比べものにならないほどひどくて,大層疲れた(もっとも,南大沢から新宿までの帰りの電車は,東大人類から京大霊長研に移られた田中伊知郎さんと隣席で,いろいろ話ができたので良かったが)。それに都立大キャンパスが広大なことといったら,Penn Stateを思い出してしまうほどであった。武蔵野の森の面影を残した遊歩道があったりして,快適そうだったし,あれならきっと研究室の広さも設置基準を満たしているだろうと思われ,うらやましい限りであるのだが,駅から会場の国際交流会館まで歩くだけで15分近くかかるということからすると,キャンパスが広いのは良いことばかりではないかもしれない。
- シンポジウムでのぼく自身のコメントは,昨日書いた戦略のどちらにも決めきれないままに,個別の話へのコメントと,タンパク栄養への適応としての窒素出納の変化が,低タンパク時にも高タンパク時にも数日以内にドラスティックに起こるという最近の栄養学の知見(例えばEuropean Journal of Clinical Nutritionのvol.53 Suppl.1, 1999)の紹介と,「美味指向の優れたハンター仮説」の紹介がチャンポンになってしまい,その上,コメント時間が足りなくなって脳化関係の話(肉食によって消化管が短くてもよくなるので,相対的に多量のエネルギー消費器官として脳が巨大化することができたということと,肉食に限らないが火を使って料理をすることで食べ物が柔らかくなって,ものを食べるために巨大な顎を維持する必要がなくなり,かつ吸収がよくなったのでそのことも脳の肥大に貢献したという話)をすっとばしてしまったのはまずかった。シンポジウムの最後に他の人がコメントしてくれたからよかったが,やはり脳化の話を飛ばしてしまっては手落ちであろう。しかし,シンポジウム自体は,大変面白かった。最終日の午後という時間設定のためと,裏番組(他の会場で同時にやっているシンポジウム)に総合研究博物館の諏訪さんの発表があったために,ガルヒ猿人の話を期待した聴衆がそっちに行ってしまったためであろうか,人数は少なかったが,それだけに参加者は高い関心をもって参加したようで,議論は盛り上がったと思う。
- シンポジウムテーマとしては,「肉食をめぐって」ということで,組織者の掲げた大目標は,「ヒトは何故肉食をするのか」に迫ることだったのだが,現段階では「なぜ」に答えるデータどころか,それへのアプローチ方法すらまだほとんどないことがよくわかった。昨日の発表はむしろ,どれも,「肉食ができるとはどういうことか」というスタンスだったように思う。一人あたりの発表時間が30分と長かったため,どの発表者も,前半は関連研究のレビューをして,後半で自分のデータを紹介されたので,門外漢でも入り込みやすい発表になっていたのだが,データの説明の方をもう少し詳しく生々しく話して欲しかった,と個人的には思う。
- 発表の中で驚きだったのは,考古学の話である。ガルヒ猿人が狩猟をしていたという話は,考古の世界ではまだ認められていないのだろうか。20万年くらい前から,屍肉食から肉食が始まったというのが通説だということだった。ガルヒ猿人の狩猟について質問してみたが,石器の機能分析はほとんど行われていないので確かなことはいえないという答えだった(ですよね?)。ペプシノゲンの多様性は,分子としてだけでなく機能とも関連しているそうで,多様な肉をうまく消化するためには多様なペプシノゲンが必要だという話だったらわかりがいいのだが,機能的に必要でない分子も残っていくために多様化する方がありそうだということだった。なお,ニューギニア高地での日本人研究者の爪のデータ(詳しく書いていいものかどうかわからないので,ここでは詳しくは触れない)は,もし測定上の問題でないなら,画期的な発見と思うので,なんとか白黒つけて欲しいものである。もし本当なら安定同位体分析における生体試料としての爪の使い方が,まったく変わってしまう筈だ。
- (おまけ)シンポジウム終了後,オセアニア学会にも入っている人から,「メーリングリスト読んでますよ」と言われて驚いた。最初オセアニア学会の連絡用のメールニューズのことかと思ったのだが,考えてみるとぼくはあれの管理者ではあるけれど何も書いたことはないので,違うはずだ。そこで,「どのメーリングリストですか?」と聞いてみたら,なんと「ニッポンニッキ」のことだった。うーむ,恐ろしい。
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