往路,6:43発あさま502号にて,昨日WEBサイトからダウンロードしてプリントしておいたProceedings of National Academy of Sciences, USA (PNAS)の最新号(97巻13号)のいくつかの論文を読んでいる。窓の外は,長野には珍しく濁った青空である。梅雨だからか?
Rich SMとAyala FJの熱帯熱マラリア原虫の個体群構造と最近の進化という論文(pp.6994-7001)は,熱帯熱マラリア原虫の抗原の多型性を解析した結果,同義置換がほとんどないことを論拠に,現在世界中に広まっているこの原虫が,5000-50000年前に存在した1つ("cenancestor"と名付けている)に由来すると推論しているもの。非同義置換はたくさんあってきわめて多型性が強いことに対する説明としては,強い淘汰圧がかかっていればきわめて急速に多型は成立するという可能性と(1世代内でも組換えが起こりうる),新しい対立遺伝子(アリル)は点突然変異だけでなく反復配列の重複や欠失からもできてきていることを挙げている。実はこの著者グループは2年前にも,スポロゾイト周囲タンパク(CSP)だけの配列の解析から,同じPNASに「マラリアのイブ」仮説として,熱帯熱マラリア原虫の系図は数千年前に収束すると主張していたのだが,遺伝研の斎藤成也さんが良くいわれるように,遺伝子系図と個体の系図は違うから,個体の系図についての推論をするには複数の遺伝子座について調べる必要があり,今回著者たちはメロゾイト周囲タンパク(MSP1およびMSP2)についても解析して同様な結果を得たというわけだ。なかなか面白い。
Routtenberg Aらの,脳の成長タンパクを過剰発現させた遺伝子組換えマウスで学習能力が高まったという論文(pp.7657-7662)は,昨日の信毎朝刊にも取り上げられていたが,社会的インパクトが大きそうだ。技術的応用を考えると,なんだか眉村卓の「地獄の才能」を想起させて空恐ろしく感じるのだが。あるいは,身体改造が自由なヴァーリィの作品世界とか。身体の客体化は自己の居場所をなくしそうな気がしてならないので,この方向の研究には懸念を禁じ得ない。まあ,研究としては面白いんだろうけど。
Thomson Rら(pp.7360-7365)は,ヒトのY染色体のDNA配列データの解析から,Y染色体の共通祖先である男性が脱アフリカして自己の遺伝子を広めたのはこれまで考えられていたより新しく5万年程度で,脱アフリカしてからの人口増加が激しかったであろうと推論しているもの。
Richards MPら(pp.7663-7666)は,遺跡から見つかった動物質の遺物や骨角器の炭素窒素安定同位体分析から,ヨーロッパのネアンデルタール人の食生活を推定し,屍食者としてではなく,狩猟者としての肉食への適応だと言っているもの。面白い結果だが,仮定が多い。まあ仕方ないか。
以上流し読み。他にも,単糖類組成を変えた遺伝子組換えポテトの話とか,RNAウイルスの進化とか,面白そうな論文はあったが,さすがに全部はフォローしきれない。ピアレビューのある学術専門誌で,科学全般(大別して物理化学,生物学,社会科学の3分野となっているのだが,物理化学の中には数学や天文学も含むし,社会科学には人類学や経済学も含むといった案配で,まさに科学全般としか言いようがない)をカバーしているというのは凄いことだと思う。学際的研究の必要性が指摘されている今日,日本にNASのような学会がないのは科学を支えるバックグラウンドの弱さを露呈している。まあ,NASを気にするようなレベルの研究ならPNASに投稿すれば済むことなのだが。
実は,PNASには,先日から何度か(4月10日や6月15日など)書いているように,最近やっている死亡モデルを投稿しようという野望を抱いているのだ(いや,投稿自体はすればできることで,野望でも何でもないのだが,掲載されようというのは野望といってよい)。やっと内容が固まってきたので,体裁を整えるべく投稿規定をダウンロードしてみたら,5月に改訂されていた。TEXやPDFで投稿できるというのは,数式が多くなりそうな論文であることを考えるとすばらしいことだ。英文のみなら,pdftexというコマンドを使うと,TEXのソースからいきなりPDFファイルが作れるのだ。そうとなれば,後は如何に早く仕上げるかということだな。
今日も雑用多し。夕方から原書購読をやったら4時間もかかった。学生も疲れただろうが,こちらも疲れた。今日は雨なので21:30発あさま535号には乗る予定。例によって上野まで走るはめになったが,その甲斐あって間に合ったので良かった。例によって535号はがら空きである。