枕草子 (My Favorite Things)
【第485回】 教室説明会+ポリオ+携帯電話の電磁波(2001年2月6日;7日に大量追加)
- 体調が悪いのは続いていて,目が覚めたら7:35だった。自転車の後輪に空気を入れてみたが,乗っているうちに抜けてしまった。きっと小さなパンクなのだろう。そんなわけで,往路の新幹線は,8:37発あさま506号。松田裕之「環境生態学序説」(共立出版)を読み進めた。しかし,今日も体調が回復せず,2章進んだところで眠ってしまった。
- 今日の予定は,午後2時から卒論生の発表練習1回目があり,その後,午後5時から,来年度の卒論生を募集するための教室説明会がある。そうは言っても,人類生態の教室説明会で何を説明すべきかというのは難しい問題だ。各教官がやっていることを説明すれば良いのかとも思うし,卒論で何ができそうかということをわかりやすく説明するべきかもしれないとも思う。しかし,あまりガイドしすぎると,本当に自分のやりたいことをやる可能性を奪ってしまう危険もあるので,その兼ね合いが難しいのだ。
- それが終わってから,論文のDiscussionの続きがあるので,今日もきっと帰りは終電1本前になるだろう。
- 研究室に着いてメールを見たら,mosquito-LというMLで,新しい抗マラリア薬が発見されたことが報じられていた。最新のNature Medicineに載っているということだったので,早速ダウンロードしてみた。要は,Triclosanという物質が,マラリア原虫の2型脂肪酸生合成を阻害すること(正確に言えば,その系のCrotonyl-ACPからButyryl-ACPへの変換を担うFab Iという酵素に作用して,その変換を阻害するということ)がわかったそうだ。新しい抗マラリア薬は往々にして合成に金がかかったりするので,マラリアが流行している熱帯諸国で広く使うのは困難なことが多いのだが,このTriclosanは,口腔洗浄剤や練り歯磨きに普通に添加されている物質であり,それなりに安価だと思われるので,有望な新薬候補と言えるだろう。さすがインドの研究者は,目をつけるものが違う。
- 余談だが,このNature Medicineの最新号のEditorialは,Polio eradication: the endgame(ポリオの根絶:終盤戦)というタイトルで,1988年からWHOが全世界的に展開しているポリオ根絶キャンペーンについて論じられていた。以前にも触れたが,ポリオのワクチンには経口で与えるSabinと静脈注射で与えるSalkの2種類があって,コストや簡便性の点から,途上国ではSabinが主に使われてきた。ところが,Sabinに使われている型のウイルスは野生型ポリオウイルスと82%の遺伝子が同じで,復帰突然変異によって強い病原性を取り戻す場合が極めて稀に(100万〜240万回の接種当たり1回)あり,昨年ドミニカで19人の患者を出したのも,Sabinが突然変異を起こして97%しかSabinと同じ配列でなくなってしまったものだと考えられた。たまたま19回も稀な復帰突然変異が起こったとは考えにくいので,おそらく2年以上,復帰突然変異株が集団中を循環していたのだと考えられる。Nature Medicine最新号のEditorialは,だから,ポリオ根絶プロジェクトが終盤戦となった現在,そろそろSabinをやめてSalkに移行してもいいのではないかと提案している。WHOやCDCのコーディネータはSabinをすぐにやめることはないだろうと言っているけれど,USAやオランダやフィンランドを含む先進国では突然変異の可能性がないSalk(既に増殖能力を失っているから)を使っているところが多いのだから,Salkへの移行を考慮すべきだというのだ。一理ある意見だが,USA標準が世界標準だという価値観を感じて,何となく嫌でもある。さて,周知の通り日本ではSabinなのだが,厚生労働省は何かアクションを考えているだろうか?
- 発表練習1回目は,Power Pointで表示すべき情報と口頭でいうべき情報の取捨選択が今ひとつだったが,概ねストーリーは良くわかる発表だった。きっともう1回reviseすれば良くなるだろうと思われた。その後の教室説明会は,来た学生4人に対して,教授以外のスタッフ3人が実施中の研究内容と卒論でできそうなことのヒントを提示するという形で,ほぼ2時間語り続けたので,学生たちをびっくりさせてしまったかもしれない。ぼくは感染症の数理モデルを主にアピールしたのだが,さてどう受け止められただろうか? その後,論文のディスカッションで再び2時間語ってしまった。今日は昼飯として弁当を持ってきて,おかずの大根煮が大層うまかったので,それ以降体調が持ち直したような気がしていて,午後2時から9時までディスカッションが続いたような状態だったにもかかわらず,意外に疲れがない。予定通り終電1本前に乗って,週刊アスキーを読み了えた。今週から大きく場面が転換した宮部みゆきの連載小説を読むために,このところ毎週買っているのだが,今週は「カオスだもんね」の宇宙食のルポも面白かったし,タカラの携帯電話で操縦できるロボットの記事とか,ぼくと同年同月生まれの物欲番長がバッテリ持続時間が短いのだけが欠点だと書いているザウルスMI-E1の記事とか,読みどころが多く,当たりだった。ちなみに,とある店では41000円で売られているらしいザウルスMI-E1には,スケジュール管理に苦労しているぼくも激しく心惹かれるのだが,まさにそのバッテリ持続時間がネックで導入には踏み切れない。持続時間が5時間くらいになるか,あるいは単三乾電池何本かで動くとかいうなら,即時購入してソロモン諸島調査にもっていくのだが。
- ところで週刊アスキーには,Focus WIDEというニュースをまとめたようなページがあるのだが,今週号では,目を引かれた記事が2つあった。1つは捜査情報を聞いた裁判官が妻の脅迫の証拠隠滅をしたという話についてで,この妻の脅迫というのが,伝言ダイヤルで知り合った男性をめぐって三角関係にあった女性への嫌がらせだったというもの。もしこれらの報道が真実なら,件の裁判官は,浮気に狂った妻の尻拭いをしたわけで,余程人がいいのか,形に拘る人なのか,それともすべてを許すほど妻に惚れていたのか? 妻に騙されているのか? 裁判官の行為の不可思議さが増してしまった。
- もう1つは,総務省の生体電磁環境研究推進委員会が「携帯電話の電磁波によって人体に影響はない」「指針値以下の電磁波が人体に影響を与えるとする報告が一部にあることについて,『不適切な実験結果が漠然とした不安を招いている』」という中間報告をまとめたというもの(7日になってから,元資料に当たろうと思って検索したが,総務省のサイトでは見つからず,こんなところに要旨だけあった)。同じ建物でMEGとか使って研究しているらしい上野教授が委員長なのに,なぜこういう中間答申なのかは謎だ(この委員会報告ではMEGが使われていないし)。少なくとも「人体に影響はない」とする根拠がラットの迷路実験ではまずいんじゃないかと思う。細胞レベルや分子レベルのメカニズムを明らかにできるなら培養細胞やラットの脳でいいかもしれないが,機能レベルでの説明しかない段階でのラットの実験では,ラットとはまったく発達の度合いが異なるヒトの脳(とくに大脳前頭葉)に影響がないとは言い切れないのではないか? 脳の高次機能が複雑な神経回路網において正しく電位変化が起こることをベースの一つにしているなら,電磁波の影響があっても原理的には不思議はないし,それがないというためには人体実験か疫学研究が必要だろう。実験ならせめてサルを使うべきではないだろうか? ラットの実験で影響がでなかったことによって,条件が不適切なラットの実験結果(週刊アスキーの記事でもWEBにあった要旨でも誰の論文を指しているのかわからない)は否定できても,ヒトを対象とした疫学調査で影響があったとする報告を否定することは論理的にできまい。
- 本来の報告は,おそらく「悪影響があるという報告を支持する結果は得られなかった」という形で書かれているのではないかと思うし(要旨から判断する限りそのようだ),それなら間違いないのだが,少なくとも週刊アスキーのまとめ方は強すぎると思う。何十年も曝露した場合の慢性影響も短期間の実験ではわかりようがないことも考えれば,「人体に影響はない」というのが言い過ぎなのは明らかであろう。WHOと共同でやっている脳腫瘍のケースコントロール研究も,携帯電話の利用が一般的になってからの時間が短いので,慢性影響が評価しにくい(左側打ち切りのある間隔データだとみなしてハザード解析をすれば曝露期間の分析もできないことはないが,検出力が落ちるだろう)という欠点がある。何より,高次機能への影響評価が一切無いとしたら問題だと思う。2000年の夏,携帯電話の使用を規制するように答申を出した英国の携帯電話に関する専門家グループ(IEGMP)は,その答申の第5章5.176から5.195までヒトの脳の機能について記載しており,Preece et al. (1999)やKoivisto et al. (2000)の研究を引用して,出力0.25Wでもヒトの認知機能に何らかの影響を与える可能性はあるとしているから,ぼくはこの問題については慎重であるべきだと思う。
- などと書き連ねていたら,長野に着いてしまった。
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