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書評

最終更新:2019年2月13日(水)


旧書評掲示板保存ファイル/書評:『「神」に迫るサイエンス -BRAIN VALLEY研究序説-』

書名出版社
「神」に迫るサイエンス -BRAIN VALLEY研究序説-角川書店
著者出版年
瀬名秀明[監修]澤口俊之,佐倉統,金沢創,山田整,志水一夫,瀬名秀明1998



Jul 18 (sat), 1998, 12:27

中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website

瀬名秀明の小説,BRAIN VALLEYの補完的解説書である。

BRAIN VALLEY自体は,全体の指向性が意識レベルの変化による人類の進化であるという点で,小松左京の「果てしなき流れの果てに」を思い起こさせるので,どうしてもあれと比較してしまうと平凡な作品といわざるを得ない。パラサイト・イブ同様,後半になって,「この人物がこんな言動をするのは前半の人物描写から考えて不可解」な部分が続出し,とくに利口なはずの加賀君があまりにもバカになってしまうのにも閉口したが。

しかし,意識レベルの変化にリアリティを持たせるネタとしてNMDAR3とA-Lifeが出てきて,説明装置としてはまあうまく機能しているのは面白い仕掛けだった。この「研究序説」は,それがうまく機能していることを,基礎知識のない読者にわかってもらうための本である。生物学・脳科学について高校以前の知識しかない読者が,BRAIN VALLEYの巧さを理解するためには必読と思う(その意味では澤口さんと山田さんの部分)。

また,金沢さんのサルの話は,小説とは離れて面白いので,読む価値があると思う。1300円でこれだけの内容があればお買い得では? (BRAIN VALLEY本編の方は,文庫に入ってから読むことをお薦めしたいが。)


Aug 12 (wed), 1998, 12:24

瀬名秀明 <ppp197107.asahi-net.or.jp>

『「神」に迫るサイエンス』をご高評いただき、誠にありがとうございました。この本は初版1万5千部と科学書にしては大部の部数で発行いたしましたが、売れ行きはいまひとつで、まだ増刷がかかっておりません。ご高評、大変嬉しく感じております。

ところで拙作『パラサイト・イヴ』『BRAIN VALLEY』は特にSF読者の方に大変不評で、ネット上では揶揄・嘲笑の対象として取り上げられることが多いようです。私もこのところそのような記述を読み過ぎたせいか、小説執筆に対する意欲を失いつつあり、次の長編を最後に作家としての活動をしばらくやめようかと考えているのが正直なところです。
私も自分の作品に対しては常に責任を持ち、下手なところは改善して行きたいと考えております。もしよろしければ、どのような点が小説として欠けているのか、ご教示いただけないでしょうか。人物の行動が前半と後半で乖離しているとのご指摘は、加賀以外には具体的にどの部分でしょうか。今後の指針としたいので、ご教示いただければ幸いでございます。
なお、私自身は小松左京氏の『果しなき流れの果に』は全くつまらない作品としてしか読めなかったのですが(他の小松作品は楽しんで読めます)、私のどのあたりに問題があるのかわからないのです。
このような問題は、担当編集者とも話をすることができず、また作家同士のつきあいのない私には、解決策が見つかりません。読者の方から直接お話を伺うしか方法がありません。
どうか伏してお願い申し上げる次第です。


Aug 13 (thu), 1998, 00:04

中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website

ご本人からコメントいただけるとは驚きました。ありがとうございます。『「神」に迫るサイエンス』からは話がずれますが,心してご返事させていただきたいと思います。ぼくの意見が「SF読者の方に大変不評」なのを代表しているとは思いませんが,読んでいるときに感じた違和感を書いてみます。

ひとことで言えば,一つの作品としてのまとまりを逸脱しているので,ぼくの美意識には合わなかったのです。見るからに実験小説というものであれば,そういう心づもりで読むのでいいのですが,途中まで普通のSFのように作品世界が構築されてゆき,そのままきれいに説明がつくことを期待させるのに,「神」の登場あたりからスラップスティックになってしまうのが,裏切られたような気がするのです。言い換えると,説明がつかなくなった作者の「逃げ」ではないかと思ってしまうのです。

これは,「パラサイト・イヴ」でEve1がぐにょぐにょうねって「愛してるわー」と叫んだ描写(いま手元にないので若干違っているかもしれませんが,ご容赦ください)に出くわしたときに感じた「それはないだろう」という気持ちと同じです。「果しなき・・・」は中学生の頃読んだので細部は覚えていませんし,今読んだら違う感想をもつかもしれませんが,そういう読者を投げ出すような突然のメタレベルの変化がなくて(まあ説明もないのですが),読み終わるまで緊張感が維持されたので,いい小説だと感じたのだと思います。瀬名さんは「エンパラ」で大沢在昌さんとクーンツの「理由付けのある怖さ」支持を表明していらっしゃいますが,敢えて言わせていただくなら,「理由付け」をした後で実体が変質するのにそれへの理由付けはなされないまま終わるのに納得がいかないのです。

もちろん,最新の生命科学の知見をフィクションに絡ませるやり方は,瀬名さんの作品は2作ともディテールの詰め方が凄いと思いました。だからどちらも前半は傑作だと思いますし,買って読んだわけです。とくに,「パラサイト・イヴ」の方の,論文がNatureに載って喜ぶ描写は,研究室というものをリアルに描いてくれた初めての小説だと思って感激しながら読んだ記憶があります。

さて,BRAIN VALLEYでの,「この人物がこんな言動をするのは前半の描写から考えて不可解」な部分は,加賀君の他には,孝岡が「神」の出現を受け入れることとか,北川が神になって,しかもあっさり死んでしまうこととか,冨樫玲子の捨て台詞「科学者なんて,みんな死んでしまえ」です。それと,エピローグにストーリーとの整合性がないこと。どうせジェイを殺させてしまうのなら,メアリーは最後まで救ってやらない方が美しいと思います。途中までのアイディアには過剰なまでの説明がある(からそれを最後まで期待する)のに,「神」の登場あたりからは,説明が放棄されてしまったように感じられました。「お光様」の登場とテレビクルーの絡み方が,かんべむさし氏の「38万人の仰天」を思わせるのもぼくにとってよくなかったのかもしれません(あれは全然違う話ですが,それだけに)。勝手なことを書きましたが,あくまでも一読者の意見としてお受け取りいただければ幸いです。


Aug 13 (thu), 1998, 15:49

瀬名秀明 <proxy.campus.myu.ac.jp>

ご返答ありがとうございました。

私の小説がひとつの作品としてまとまりを欠いているとのご指摘は、よく戴くご批判であり、厳に受けとめております。
ただ、私が小説を書く過程で、どうしても無意識のうちに規範としてしまうのは80年代のモダンホラーであり、それらの小説の書き方を現在の文芸として再構築しようとしてしまう癖があります。前半と後半で物語のテンポや書き方を変えるという手法や、同様に登場人物のキャラクターを劇的に変化させる手法は、80年代のモダンホラーによく見られるもので、当時の私はそれらに小説のダイナミズムを感じていたため、自分の小説にもそのような書き方をすることが多いのです。
もちろん、この手法は相当な文章力を持って初めて成功し得るものであり、その点ではまだ私は至らず、結果的に読者に違和感を抱かせることになってしまうのだろうと考えております。この問題は、さらに小説を書いてゆくことによってしか克服できないと思いますが、果たしてそこまで作家としての生命が続くかどうかわかりません。
前半の論理構築が後半で無視されるというご指摘も、やはり私の描写力のなさに起因するものと思われます。ただし、「パラサイト・イヴ」と「BRAIN VALLEY」では書き方がかなり異なるため、これら2作が同様に読まれたということは私にとって重大な問題でありました。
「パラサイト・イヴ」ではストーリーのテンポを重視したため、論理構築もさほど厳密にはおこなわず、言葉でごまかしている部分も多くあります。
しかし「BRAIN VALLEY」の場合は、後半の神の出現シーンや登場人物の心情の変化も含めて、自分なりに論理を構築して描いたつもりでしたので、後半が「スラップスティック」として読まれてしまったことや、ラストシーンが不要と思われてしまったことは残念でした。前半は一見して説明とわかる説明を挿入してありますが、後半はストーリーを優先させたいと考え、説明を言葉の奥に隠すような書き方へとシフトさせております。読者がそういった隠れた説明を想像しながら読むよう計算しながら書いたつもりでしたが、あまり効果が得られなかったようです。これは私の筆力のなさが原因であり、さらなる努力が必要でしょう。
実を申しますと、「BRAIN VALLEY」のラストシーンは構想初期段階から決定しており、また実際に編集者に読ませても大変好評だったので、安心して出版したのですが、その後編集者すらも実は私の意図通りに読んでいなかったことがわかり、愕然といたしました。また「神」の登場シーン以降は、編集者の要請に従って300枚ほど書き直しましたが、それでも読者に伝わらなかったということは、私と編集者との間での意思疎通もうまくいっていなかったことを示唆しております。
「BRAIN VALLEY」のような内容の小説を、文系出身の編集者と作り上げてゆく作業は、私の想像していた以上に困難なものでした。これは理系研究者が商業出版社から本を出すときにも起ち現れる問題だと思いますが、私の場合、このようなシステムを新たに構築するところから始めており、かなりの労力を消費します。

かんべむさしの作品は未読ですので、探してみます。

ご指導、誠にありがとうございました。どうぞ今後ともよろしくお願い申し上げます。


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