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書評

最終更新:2019年2月13日(水)


旧書評掲示板保存ファイル/書評:『イコン』

書名出版社
イコン講談社文庫
著者出版年
今野 敏1998



Aug 11 (tue), 1998, 12:43

中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website

最近文庫落ちしたので読んでみた。

「アイドルのライブで乱闘があり,終わってみると一人の男子高校生が死んでいた。」というのが冒頭のナゾ。なかなか魅力的である。安積警部補が中心となって,この事件の謎解きと犯人探しを進めていくうちに,意外な真相が現れてくる,というストーリー。

実は,今野さんの小説は,「ハイパー・サイキック・カルテット」シリーズから好きなのだ。「蓬莱」は傑作ではあったが,シミュレーションがテーマだっただけにシミュレーションの現実を知らんなあという意識がついつい立ち上ってきて十分には楽しめなかった。

で,本作イコンである。珍しいことにジャズも武術も登場しない(音楽演奏の描写は相変わらずリアルだが)。「パソ通ミステリ」のバリエーションではあるのだが,そこにアイドル論を実に巧妙に組み合わせて,うーん,何といったらいいのだろう,現代日本の社会と文化を切り口鋭く描き出しているといえる。数あるパソ通ミステリの中でも,今野さん自身きっと相当やってるんだろうなと思わせるほど描写が自然である点
,群を抜いている。

安積,宇津木,速水の3人組といい,須田部長刑事といい,警察官たちの人物像が実に魅力的だ。すべての材料がフェアに提示されているわけではないので,本格ミステリではないが,ミステリとしても最後まで楽しめると思う。

余談だが,突然ペンシルヴェニア州立大学(昨年6月までぼくがいた)が出てきてびっくりした。田舎だからあまり普通の人は留学しないと思うんだが。


Jan 13 (wed), 1999, 21:35

八方美人男 <omy16ds90.stm.mesh.ad.jp> website

 この小説を読み終わって、私は頭をかかえてしまった。この物語は、いったい何なのだろう、と。

 この小説のなかで、あきらかに一番大きなウェートを占めているのは、警察である。警察という一機構がいかにして事件を解決していくかのドキュメンタリーであり、家庭内の不和に悩む中年警官が手探りで家族との対話を取り戻していく様子であり、捜査本部内での警察官どうしの勢力争いである。けっして表題から連想されるような、パソコン通信から生まれた新しいアイドル「有森恵美」の、一種宗教的とも言える人気の秘密と、その裏に隠された悲しい過去、そして彼女のコンサートでおこった殺人事件の行方がメインではない。

 この小説は何が言いたかったのだろうか? 私には、多くの要素をテーマとして取りいれ、しかしそのどれもにそれなりにウェートを乗せていった結果、テーマそのものが曖昧なものになってしまったように思える。ただ、中澤様が言うように、アイドル「有森恵美」が何者なのか、というミステリの部分では楽しむことができた。この作家は、普段はもっとしっかりとしたテーマの小説を書いているのだろう。

 昔「太陽にほえろ!」という刑事ドラマがあったけど、事件を解決するのは、「太陽にほえろ!」のようなノリでできるわけではないのだなあ、と『イコン』を読んでふと思った。
 八方美人男を自称する私にしては、ちょっと辛口の感想になってしまった。普段はこんなんじゃないんだけど。


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