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書評

最終更新:2019年2月13日(水)


旧書評掲示板保存ファイル/書評:『兵士を見よ』

書名出版社
兵士を見よ新潮社
著者出版年
杉山隆男1998年9月



Nov 06 (fri), 1998, 18:06

山下 <ppp16083.win.or.jp>


『新潮45』の連載を単行本化したもので、「兵士に聞け」に続く自衛隊密着ルポ第2弾。著者の杉山さんは、今回は(といっても前作はまだ読んでないが)主に航空自衛隊のジェット戦闘機パイロットに焦点を当て、綿密な取材でその生き様を鮮やかに浮き彫りにしている。約600ページに収められたその内容は、密度的にかなり濃く、構成、文体ともにとても読みやすく作られており、一度読み始めたら簡単には止まらない。活字中毒者には垂涎の書といえる。
戦闘機乗りに焦点を当ててはいるが、もちろんそれだけではなく、多岐に渡る興味深い要素が随所に盛り込まれているという点も本書の特徴だ。1冊の本としての構成もおもしろい。序章は著者がF15に体験登場させてもらって大空に飛び立つところから始まり、何年間にも及ぶ航空自衛隊への取材で得たさまざまなドラマを語っていくというもの。もちろん最後は着陸でおわる。
本書の読みどころは、前述したとおり、1機130憶円という、おそらくひとり乗りとしては最高額・最高性能、そして乗り手に最高の技術を要求する乗り物・ジェット戦闘機(F15イーグル)を操るパイロットの生き様がメインとなっていて、それだけでも十分必読に値するが、おもしろさはそれだけではない。他にも、戦闘機パイロットの日常の訓練風景、戦闘機パイロットになるまでの過程、航空自衛隊の内部にある特殊部隊、戦闘機パイロットの妻たち、戦闘機メカニックたちの日常、また、日本国における航空自衛隊の社会的存在意義とその歴史、ひとつの軍隊としての性格、大まかな組織図、メディックと呼ばれる救難隊の存在、など、挙げだしたら本当にキリがない。そんな数多くの興味深いテーマを多くの航空自衛隊関係者に聞いて回り、ただのレポートではなく、臨場感あふれる文体で纏め上げた杉山さんの筆力と取材力には敬服するばかりだ。念のために書いておくが、私はこれまで自衛隊や戦闘機にはほとんど興味がなかった。しかし、本書を読んだ後には、書店で航空機の専門誌を探すまでになってしまった。
数ある本書の魅力の中で、もっとも大きなそれは「人間としてのパイロット」を描き出せているという点だ。私が本書を購入した切っ掛けは、ある雑誌の書評欄で読んだ本書の紹介記事だが、その中で「ある若いパイロット(20代)は、明日はフライトがないという晩は、取りあえず今日飲んでも明日死ぬことはない、と思えて思い切り飲める」というくだりだった。
 私が最も心を震わされた箇所、あるひとりのエリートパイロットの転属をモデルケースとして、彼の栄光と試練、挫折、そして再生の一連のドラマを描いた個所だ。詳しくは述べないが、特に彼がもう戦闘機から降りようかと思い悩むくだりは、まるで自分のことのように辛かった。もちろん、その本当の辛さは本人にしか分かるはずもないが、程度の差こそあれ、大抵の人は彼と同じような挫折感を経験したことはあるはずだ。好きな仕事に就き、精一杯努力してきた人ほど、彼の辛さは身にしみて感じると思う。超エリートと呼ばれる15のパイロットといえども、結局は私と同じ人間で、私と同じように自信を無くして悩み苦しむときもある。自分自身を信じられなくなるときもある。そんな地獄の苦しみを経験しながら、生きて行かねばならない。それが一生を賭けられる仕事に就けた者も宿命かもしれない。もちろん、15パイロットと私とではその苦しみのレベルは天と地との開きはあると思うが、それでも、このパイロットの生き様から、ある種の勇気を得られたのは事実だ。この部分だけでも、本書を読んだ価値はあると思う。
とにかく、「人間」と「活字」に興味のある人には是非読んでいただきたい一冊だ。


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