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書評

最終更新:2019年2月13日(水)


旧書評掲示板保存ファイル/書評:『徹底大予測 21世紀<この国が買い,この国は売り>天才投資家の世界バイク紀行』

書名出版社
徹底大予測 21世紀<この国が買い,この国は売り>天才投資家の世界バイク紀行講談社文庫
著者出版年
ジム・ロジャーズ [訳]林康史,林則行1999



Aug 26 (thu), 1999, 13:56

中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website

はじめに書いておくと,普段,ぼくはこういう「ビジネスマン」受けを狙った本は読まない。装丁があからさまにそうで,「天才投資家の世界バイク紀行」という本質的タイトル部分が,小さなフォントで,帯に隠れてしまう位置にあって,もし村上龍のメールマガジンでバイク紀行のことを知っていたのでなかったら,手に取ることさえなかったと思われる。装丁のせいで失われた潜在的読者が相当数いるものと思われる。原題はINVESTMENT BIKERと至ってシンプルであるのに,講談社は狙いを間違えていると思う。

5歳でポップコーン製造会社を作ってあげた利益を元に投資を始めたという,伝説的な天才投資家が,1990年に,恋人タバサと2人でBMWのバイクに乗って世界旅行をした記録である。行き先の国々の状況を的確に観察し,市場経済が伸びそうな国では投資をしてゆく彼は,まさに天才投資家の名に相応しいと思う。一般の人にはできない体験をダイナミックに描いており,読む価値はあると思う。しかし,これだけ世界中をバイクで廻りながら,彼の価値観は些かも揺るがない。これが天才投資家というものか。異文化接触の醍醐味を半分しか体験できていない,気の毒な人だとも思う。

(以下,書評というよりも,著者の価値観への批判であり,自説の展開である)
その価値観は,徹底した人智崇拝の立場で「儲け」に絶対的な価値を置いている,という意味で,きわめてわかりやすい。素朴ともいえる。儲けたら幸せか? 過剰なほどのサービスが維持されることだけが文化か? 生産基盤がないのにポーランドが市場開放をして投資対象になり,輸入資源を元にしてサービスが提供されることが,ポーランドの市民にとってどういう意味をもつのか? 長期的に見て,インフラが整備され文明化したといっても,誰の基準での文明化なのか? といったことを考えて欲しい。海外からの観光客や投資家にとっての魅力と,住民の幸せはイコールではないのだ。旧ソ連をみて,「パン屋では安くておいしいパンが毎日焼かれていたが,それ以外の店は人間もいないし,実質的に売る商品もない」から共産主義はうまくいっていないと決めつけるわけだが,安くておいしいパンが確保されているなんて,米国にはない状況であり,誇っていいことではないのか? まずくて安全でもないファストフードが蔓延して肥満大国になっているという目で,自国の現状を少しでも考えたことがあるなら,こんな素朴な考え方ではいられないと思うのだが。

資本主義と共産主義(国家統制主義にあらず)の効率の差は絶対的なモノではない。衆愚を前提とする限りそれは正しいが,全員の参加意識が十分に自覚的かつ賢ければ資本の論理に従わずともよい筈である。伽藍とバザールを見よ。市民が十分に賢くかつ自覚的になれば,Linux式の社会運営は不可能ではないと思う。夢物語か?

●税別733円,ISBN 4-06-264628-5(Amazon | honto


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