目次

書評

最終更新:2019年2月13日(水)


旧書評掲示板保存ファイル/書評:『新教養主義宣言』

書名出版社
新教養主義宣言晶文社
著者出版年
山形浩生1999



Feb 15 (tue), 2000, 07:55

中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website

本書巻末の著者紹介で同じ1964年生まれであることを知った。クルーグマンの経済学書や,エリック・レイモンドのオープンソース分散開発関係の文書の,まるで会話文のようなこなれた翻訳によって,訳者としての能力の高さはよく知っていたし,WEBサイト(http://www.post1.com/~hiyori13/)もときどき覗いていたのだが,こういう「過去10年強くらいにわたってぼくが書き殴ってきた雑文を適当に集めた(あとがきより)」形でまとめてもらうと,山形さんがその多面的な活動を通して何をやりたいのかということ(の少なくとも一端)が明確にわかる。

これからの社会を破綻させないために,今日的な教養体系をある程度形にして,刺激的な体裁で市民に提示しようという姿勢には,たとえば岩井克人さんが日本にインテリゲンチャは3万人しかいないからそれだけを相手にしていればいいなどと開き直るのに対してよりはずっと共感する(もちろん,すべてに賛成というわけでは決してない)。蓮実総長みたいに(本書の中でも言及されているが)わかりにくさによって結果でなく過程に目を向けさせようという,つまりは頭を使わせようという戦略に比べると,「アレじゃございません」ということによって目を引くという本書の戦略は一見皮相的な気もするが,発ガンの二段階説でいうところのイニシエータとプロモータとのアナロジーで考えれば,どちらが良いという類のものではなく,本書は教養へのイニシエータとして実によくできていると思う。【以下独白:もっとも,ぼく自身は山形さん的な戦略をとろうとは思わない(たとえ思ったとしてもその才能がないのだが)。ま,もう少し正攻法で攻めてみよう。】

全体としていえば,新幹線の中で頭をほぐしながら読むのに好適であった。ぼくの隣に座ってオレンジ色の表紙に目を惹かれていた出張途中のサラリーマン風の2,3人のうち,誰か1人でも週刊誌やスポーツ新聞の代わりに本書を手に取ってくれたら,と思う。

以下,些末なつっこみどころat random。
既に指摘されているようだが,松任谷(荒井)由実は由美ではない。p.205でリスク科学の松原純子さんを挙げるくらいなら,国土学の島津康男さんを挙げて欲しい。青空MLに書いたけれど(http://www.bluesky-ml.org/archives/1034.html),松原純子さんは原子力安全委員会の委員でありながらその思想を政策に反映させられなかったわけで,やや弱いような気がする。売春宿は買春する客がいるからこそ成立するので,そのあまりにも脳優位な性のあり方には違和感を感じてぼくはその存在が嫌いなのだけれど,テレビに出てきたのはドラエモンではなくドラえもんであろう。
……くらい書いておくと,反響のページhttp://www.post1.com/home/hiyori13/books/slashing.htmlに取り上げてくれるだろうか?

●税別1800円,ISBN 4-7949-6415-3(Amazon | honto


旧書評掲示板保存ファイルトップへ