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書評

最終更新:2019年2月13日(水)


旧書評掲示板保存ファイル/書評:『無為の景物』

書名出版社
無為の景物文芸社
著者出版年
高井一彰2004.3.15



May 11 (tue), 2004, 23:19

横山隆弘 <209.192.221.202.bf.2iij.net> website

風刺文学と不条理文学の融合を謳った、高井一彰の『無為の景物』(文芸社刊)が評判になっていますね。

作品群のどの一編をとっても、インパクトをさそう導入部から、息もつかせぬクライマックスへと、

しっかりとした起承転結が最大限に活きている。わかりやすく、読み応え充分です。

それぞれのキャラも立っているし、重厚な作家性を誇る、エンタテインメントの傑作です。


しかし、なんといっても、人気の秘密は、爆笑させるギャグと想像力を刺激するアフォリズムとを、

カオティックに連発する、あの独特でクールな文体だと思います。

俳人として出発した作者は、豊かな表現力を一文に集中させる、簡潔な文章を得意とするようです。

狂言や落語、俳諧・戯作文学といった、古典から借りた多岐にわたったジャンルをつうじ、

「無為」という視点から点綴された、個性的な世界観がみなぎり、統一感を保っている。


「すべてが虚妄であり、すべてが真実である」というフレーズは、この書物の深遠なテーマを、

端的に集約しております。この主旨は文中に、さまざまにパラフレーズされて何度も言及される。

「世間虚仮、唯仏是真」や、"Lives are vainly unreal, Gods are absolutely real."のように。

そして、もっとも印象的なフレーズは、哲学者レヴィナスの思想を援用した、この警句です。

「おまえはすべての者の身代わりとなるのだ。そしてだれもおまえの代わりとなることはできない。」

このように本書には、私たちに人生を深く考えさせるような、厳しい言霊に満ちているのです。


『無為の景物』の文豪は一見、高踏的な外観の文章に、じつは数々の破壊的な仕掛けをしのばせている。

この本によって想定されているのは、「共感を呼ぶ」といった読者のリアクションではありません。

癒し系のお涙頂戴ではなく、「パスファインダー」の文中で、作者みずから宣言するように、

革命的な「煽り系」として、読む者を冷徹に突き放すスタンスなのです。

作品世界に横溢する問題意識は、私たちの内面にまで食らいついて、常識的な認識を覆してやまない。

それを「心を打つ」というなら、『無為の景物』は、いまもっとも心を打つ小説、だと呼べるでしょう。


ご覧あれ!!!


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