目次

書評

最終更新:2019年2月13日(水)


旧書評掲示板保存ファイル/書評:『環境生態学序説』

書名出版社
環境生態学序説共立出版
著者出版年
松田裕之2000年



Feb 19 (mon), 2001, 11:18

中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website

本書は,アクセルロッド『つきあい方の科学』の翻訳によって反復囚人のジレンマにおけるしっぺ返し戦略の有効性を日本に広く知らしめ,あまりにも安直に世間で使われている「共生」というコトバがもつ真の意味を名著『「共生」とは何か』によって問い直すと同時に,人間が漁業という形で強くかかわっている海洋生態系についての数理生態学的な分析を発表してきた著者が,いろいろな大学で実際に行ってきた生態学の講義内容を大幅に拡充して,人間と生態系との相互作用をともに考えるという意味での「環境生態学」を提唱したものである。


著者が提唱する「環境生態学」は,実は,ぼくの専門である人類生態学とほとんど同一のものを目指しているのだと感じ,共感する点が多かった。


興味深い実例が具体的に書かれていて,今度の4月から通年でやることになった生態学の講義の(後期でなら)教科書として使えそうだし,各章末についている「問題提起」のいくつかは間違いなく使わせてもらうことになるだろう。巻末にまとめて「問題提起」への著者の回答が提示されているので,問題と回答例をセットにして,それぞれにコメントをつけられるような掲示板システムを「環境生態学Questions and Debates」とでも題して立ち上げると面白そうだと思った。


誤植が多いという難点を別にすれば,総じて素晴らしく面白いし有益である。特筆すべきは,人間と生態系の相互作用を考えるプロセスとして数理モデルによってクリアな論理展開がされている点と,著者が典拠にした,参考になりそうなデータが掲載されているWEBサイトのURLが満載されている点であり,多くの人に読んで欲しいと思う。


以下,誤植レポートを含め,順を追って細かくコメントする。


第1章「浮魚資源の大変動」は,ロトカ=ヴォルテラの競争方程式やアイソクライン解析を説明しながら,3種の交替に拡張したときの「3すくみ」によって,マイワシ,マサバ,カタクチイワシという浮魚資源の大変動が説明できる可能性を論じている。乱獲でも環境悪化でもなく,3すくみによる自然の変動が原因だという見方は面白いし,それを数式でクリアに示した論理展開は切れ味が良い。ただ,モデルの反証可能性に触れた個所では,「本来,科学の仮説はある予測をして,それが当たればその仮説が正しいと実証できる検証可能性(testability)を備えることが望ましい。しかし,物理法則と異なり,生態学や社会科学ではそれはむずかしい。反証可能性はそれに準じる考え方である」と書かれていたが,数学以外の科学では,論理的に厳密な証明はほぼ不可能で,反証可能性をなるべく多く備えることが経験的価値の高い良い仮説であるというのがポパーの立論だったと思うので,やや反証可能性の価値を低く書きすぎではないかと感じた。


第2章「持続可能なサバ漁業=生物資源管理学入門=」は,個体数の指数成長とロジスティック成長の式を説明し,最大持続収穫量(MSY)という考え方を導入し,それを超えた乱獲が起こる場合があるのは何故かと問いかけ,割引率の効果により乱獲して採り尽くしても経済的には得である場合を挙げ,次いでハーディンの共有(地)の悲劇をゲーム理論的に説明しナッシュ解とシュタッケルベルク解のいずれにおいても乱獲が進行することを説明してから,さて,では非定常資源を持続的に利用するにはどうしたらいいのか? という解を説明する展開はすんなり頭に入る。解としての獲り残し量一定方策(CES)についても,資源量以上に漁獲量が大きく変動するという欠点にも触れている点に見識を感じた。

なお,この章では,p.15に誤植がある。(誤)life histry →(正)life history


第3章「ミナミマグロは絶滅するのか=レッドデータブック入門」は,まず絶滅危惧種などについてのIUCNの判定基準を解説し,ではミナミマグロは絶滅するのか? と問い,すぐに絶滅する可能性は低そうにみえるが,自己相関を考慮したトレンドからの将来予測しかできないので突然減少に転じる可能性は否定できないということで,予防原理や悔いのない政策が解説されている。


第4章「秋の七草が絶滅する日=絶滅の生態学=」は,日本の維管束植物レッドリストの調査の話から始まる。この調査の過程や集計の生々しい説明が面白い。その後,環境揺らぎや人口学的揺らぎに触れてから,PVAへと展開し,MVPを説明する展開はわかりやすい(最後はちょっと駆け足過ぎると思うが)。種ごとの減少率と個体数の集計表(すべて環境庁が発行する「植物レッドデータブック」に掲載される)から絶滅確率を推計するシミュレーションプログラムがhttp://www2.ori.u-tokyo.ac.jp/~matsuda/redlist.html(本書脚注にはhttp://cod.ori.u-tokyo.ac.jp/~matsuda/redlist.htmlと書かれているが,2001年2月18日現在,codにはないようだ)に公開されていて,データさえあれば自分で追試してみることができるのも良い。理解の助けになると思う。

ただ,表4-1で,個体数が不明なのに減少率が50%以上というのはどういうデータなのか? とか,一様乱数の発生法が書かれていない(ソースをみると乗数が69069の単純な乗算合同法であり,M系列とかメルセンヌツイスターほど良くはない)とか,式(4-1)はゼータがキャピタルになっていたり,白丸記号が入っていたりしてわかりにくい。本文の方はゼータでなくグザイの小文字になっているが,これも誤植であろう。式(4-2)も本文で未定義の変数が多くてわかりにくい。xcはxeの誤植かもしれないが。σrとは何だろうか? といった辺りの記述は再チェックして欲しいと思う。


第5章「エゾシカの保護と管理=野生生物管理学(Wildlife Management)入門=」は,天敵であったニホンオオカミの絶滅と狩猟者人口の減少によって増えすぎて困るようになったエゾシカに対して,個体数を常に監視しつづけ,減ってきたら守り,増えてきたらたくさん獲るという「フィードバック管理」をしようという話である。リスクアセスメントやリスクマネージメントの例としての位置付けもクリアでよい。1999年の鳥獣保護法改正で,増えすぎたシカやカモシカなどに有害鳥獣駆除制度でなく特定鳥獣保護管理計画に基づいて科学的・計画的な管理を適用するようになったという話も本書で初めて知ったが,心強く思った。個体数予測の方法で,p.65の最後に書かれているような補整は,必要かもしれないが,こんなに何段階も補整をしたら幅が出過ぎるのではないかと思った。もしそうだとすると,表5-1のような計画は安全側に振れ過ぎるような気がするのだが,どうなのだろうか?

なお,p.59最下行の「大きな違いを犯す」は「大きな間違いを犯す」の誤植と思われる。


第6章「名もなき虫や草はなくてもよいか=群集生態学入門=」は,食物網とそこにおける間接効果としてのtrophic cascadeを説明し,その数理模型とともに,間接効果の非決定性を示している。直感に反する例として,殺虫剤の逆理,京都宣言の逆理,多様性と安定性の逆理が挙げられているが,とくに最後のものは生態学の大問題である。無作為な種間関係を仮定したモデルでは多様なほど安定とはならないという結果は,たしかに直感に反するが,Tom RayのTiaraのような人工生態系が,淘汰によって多様化するという事実は,間接的に証明を与えてくれているようにも思う。京都宣言の逆理に関連して,クジラ問題を考える上での政治的側面については,本書に挙げられているWEBサイト(京都宣言そのものも,松田さんがhttp://www2.ori.u-tokyo.ac.jp/~matsuda/fishery/kyoto95j.htmlで訳を公開されている)の他に,小松正之「クジラは食べていい!」(宝島社新書)(http://minato.sip21c.org/bookreview/oldreviews/20000904151112.html)がお薦めである。

なお,p.70の「種3は種1に比べ種4は種1を種2の0~20%ほど摂食すると仮定すると,」という文章は,たぶん誤植を含んでいるのだと思うが,文意が不明である。


第7章「利己的遺伝子がもたらす共生関係=進化生態学入門=」は,前章最後の多様性と安定性の逆理を受けているのだろうか,人工生命における淘汰の話から始まる。ここに紹介されている兵庫県人と自然の博物館沢田佳久さんの自然選択体験ゲームSPX(http://www.nat-museum.sanda.hyogo.jp/rsc/keitou/spx/dnld-spx.html)は面白そうだ。ソースプログラムが公開されているのは確かに良いのだが,Windows版はVisual BASIC 2.0(日本語版)なのがちょっと痛い。mingw32 (gcc)とか,HSPみたいなフリーな処理系で提供されているともっと嬉しい。暇があったら移植してみたいものである。

淘汰の数理モデルの説明のところ(p.89)で,ドーキンスの利己的遺伝子で「ハタラキアリやハタラキバチに見られる不妊雌」が説明されるという記述は,たしかに間違いではないが,もともとはHamiltonの血縁淘汰説だという記述を注にでも入れておくべきではないだろうか? 性比1:1の数理モデルはFisherから始まるはずだし,ESSについてMaynard-Smithに触れないという法はなかろう。

その後に展開される共生という種間関係を巡っての著者の持論「環境と人間との共生というのは,はっきりと,人間の自然への持続可能な寄生というべきである」は明快である。そこから非協力ゲームと反復囚人のジレンマモデルへと話は進む。学生を使った実験の話は面白いのだが,残念ながら誤植が多くて論理が取りにくい。

表7-2の合計欄のH氏からM氏までは,(14, 30, 25, 28, 18)ではなく,(4, 19, 19, 22, 12)が正しいし,本文p.99で「表7-2の中では(4)のG氏が」は,「表7-2の中では(4)のH氏が」が正しい。


第8章「なぜ生物多様性を守るのか=保全生態学入門=」は,章題どおり,保全生態学の入門編である。自然の恵みの3つの価値の話は,コンパクトにまとまっていて読みやすい。ただ,ここまではいいのだが,Ecological Economicsに良く出てくるCVMみたいな方法以外にamenityを定量的評価に取り込むにはどうすればいいのか,という最も難しい問題への解答はなかった(世界中誰もまだ答えを見つけてない問題だから,しかたないのだが)。なお,p.113の遺伝的浮動の説明は,特殊例であるように思う。多くの場合,中立な変異であっても,偶然によって形質が固定することを遺伝的浮動と呼ぶのではないだろうか? p.115で,「マラリアに耐性をもつ鎌状赤血球が維持されるのも…(中略)…頻度依存淘汰の例である」とあるが,鎌状赤血球は超優性の例であって,頻度依存淘汰ではないだろう(host-parasite coevolutionまで考えれば話は変わってくるが,もしそうならそう書かないとわからない)。


第9章「生物多様性をどうやって守るか=生態系管理学入門=」。だんだん問題として難しいところに入ってきた。2000年問題は,不確実性というよりも設計が近視眼的だったということで,2000年になったら問題が起こることはわかっていて,「そこまでこのシステムが生き延びることはないだろう」と考えてメモリ容量の代償にしたのだから,ちょっと例として不適切かもしれない。「非定常性や情報不足に基づく不確実性に備えた順応性と,新たな知見を柔軟に取り込む説明責任とを備えた管理手法は,順応的管理(adaptive management)と呼ばれ,米国ではすでに生態系管理の標準的な手法となっている」には,なるほどと思ったが,だからといって,氾濫原を生育地とする植物を守るために人為的に洪水を起こすというのは,受け入れられない人もいるだろう。なぜ生物多様性を守るのかが価値観の問題でしかない(p.71)という以上,その分岐点は難しいところだと思う。p.121「人間が守るべきものは,「手つかずの自然」だけではない。もはや,前人未踏の自然はなくなり,多かれ少なかれ,自然は人間の影響を受けている。そして,人間は自然の恵みなしには生きていけない。私たちの子孫に自然の恵みを残し,彼らの快適な生活を守るためには,「手がついた自然」も残さないといけない」となると,さらに難しい。かつて青空MLに投稿した通り(http://www.bluesky-ml.org/archives/6.htmlhttp://www.bluesky-ml.org/archives/60.html),どこに線を引くべきかという基準がないのだから,議論を通して合意形成するしかないかもしれないと思う。その意味で,p.124からの「合意形成と科学者の使命」には共感するが,それなら青空MLに参加して欲しいと思った。p.126「なぜ,今環境問題だったのか?」で紹介されている米本「脅威一定の法則」は漠然と感じていたが,はっきり書かれると目からウロコが落ちたような気になる。

なお,やや文脈からずれるが,p.123末尾「数理模型は直感を鍛える道具である」というのはまったく正しい。また,p.124の「自体を戒めるうちは,」は「自体を控えているうちは,」ではないかと思った。


第10章「愛知万博と海上の森の自然=環境影響評価入門=」は,愛知万博の問題点が浮き彫りにされている。なお,著者が参考にしたという波田善夫教授のWEBサイトhttp://had0.big.ous.ac.jp/~hada/kaisyonomori/kaisyo.htmには,物凄い量の情報が公開されており,本書p.135の図10-1ではどこが裸地なのかわかりにくかったが,波田教授のサイトではカラー図版でわかりやすく解説されているので,必見と思う。


第11章「非定常系の保全と管理=愛知万博問題(その2)=」は,前章末で,開放系である生態系で調査自体が自然を変える可能性に触れたのを受けて,非定常系での長期的な遷移と撹乱のつりあいを考慮した影響評価の必要性を訴えている。p.149「人間の強い影響が避けられない以上,放置することがすべての生態系の保全につながるとはいえない」は,KDDIのマイラインの宣伝を思い出させる。生態系だけでなく,放置すればエントロピーが増えると考えれば,ある意味で当然かもしれない。

この章では,図11-1の印刷が悪くて網点がわかりにくいのと,p.151で引用されているTuljapurkar (1989)が文献リストに載っていないという問題があった。Web of Scienceで引いたら,おそらくTheoretical Population Biology vol.35のp.227からの論文と思われたので,時間があれば読んでみようと思う。


第12章「中池見湿地問題=2次的自然をどう守るべきか?」は,敦賀市中池見の希少種植物が多く生息している湿地に液化天然ガス備蓄基地を作るという計画とその問題点,影響評価を,経済便益や代替案との比較まで含めて,希少種の調査データとともに紹介している。この話は寡聞にして知らなかったので,いろいろ考えさせられた。液化天然ガス備蓄基地には,石油や石炭よりもクリーンで豊富な化石燃料として期待されている天然ガスを利用するためという側面があるので,環境問題という軸だけで考えても功罪両面あって難しい。p.160末「総面積が狭くなることで,昆虫との相互作用など,さまざまな弊害が生じる恐れ」という文章は,おそらく「総面積が狭くなることで,昆虫との相互作用などに,さまざま弊害が生じる恐れ」の誤植であろう。系統樹損失解析の話は面白いのだが,p.163の漸化式では,たとえばf(2)はどう定義されるのかがわからないので,どこかに誤植がありそうな気がする。


第13章「環境化学物質とどう付き合うか=生態リスク論入門=」は,著者が現在進めている,横浜国立大学中西準子教授との共同研究に関連した内容が書かれている。p.168の人間の精子が減っているのも云々の引用は安直だが,報道責任への意見やリスクコミュニケーション論には同感である。p.172の「死亡率であり,その逆数である平均余命」という書き方は不正確で,確かに近似的にはそうだけれど,定義は違うのでまずいと思う。同ページ末「自らの余命を続ける」は「自らの余命を減らす」の誤植だろう。本書ではここで経済便益とCVM,生態系サービスの価値が再び論じられ,続いて提示されるCPLYSという考え方は合意形成の上で重要と思う。確かに,交通安全施設に投じる費用は,同じ公共政策でありながら,環境政策に比べて低すぎる。ここでは危険をこうむる人と受益者が異なるという非対称性への言及も重要な視点だと思った。


第14章「狩猟と遊漁と食糧問題=人口爆発と食糧危機=」は,魚食を見直し過食を避けるというライフスタイルにまで踏み込んだ議論がなされている。二酸化炭素排出量を1人あたりで平等にすればいいというのは,青空MLでも出た意見だが,途上国への無償援助が排出権の買取りにあたるのかもしれないという見方はたしかに事実の一面は捉えているかもしれないと思った。この他にも,「乱獲よりも恐ろしいのは,自然と暮らしを切り離してしまうこと(p.190)」「自由競争による共倒れを招かないような規則を作ることが,政府の役割(p.191)」など共感するフレーズが多い。農林水産業国有化論も一理ある。ぼくは教育の一環として組み込んでみたらいいんじゃないか(参考:http://www.bluesky-ml.org/archives/2401.html)と思っているが,松田さんの意見を聞いてみたいと思う。


いろいろ書いたが,環境問題や生態学を専門とする学生ばかりでなく,関心をもつすべての人に読んで欲しい本である。


●税別2800円,ISBN 4-320-05567-5(Amazon | honto


Mar 15 (thu), 2001, 21:49

中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website

誤植について著者に連絡したところ,すばやく訂正のページ(http://cod.ori.u-tokyo.ac.jp/~matsuda/enveco-teisei.html

)が作られていた。近々発行される第2版では,これらは訂正されるとのことなので,これから買う人は第2版を買うべきであろう。


旧書評掲示板保存ファイルトップへ