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【第1540回】 MAPSシンポジウム@京大(2024年1月27-28日)
- テレビ体操は流れていたが起きられず6:44起床。適当に食事を済ませ、水筒に珈琲を詰めて出発。
- 今日は京大の稲盛会館での海域アジア・オセアニア研究のシンポジウムに参加。
- 適当なメモ。最初はインドネシアの方。pandemicはsyndemicの1つ。感染症に限らない。結核と糖尿病は2つの意味でリンクしている。人類移動史を推論したレビュー論文の紹介につづき、ウォーレス地域の10 provinces 134 discrictsで社会保険加入者。統計局からデータを得て分析。地理空間分析。うつはスラウェシで多いが肥満はチモールとか小さい島で多い。糖尿はスラウェシで多い。マラリアは小さい島で多い。結核は全域で多い。2017-8の南スラウェシでNIDDMと高血圧の有病割合が高いところが重なっている。リスク因子のつながりを調べるためネットワーク分析をしたが複雑なネットワークなのでまだ解析中。アジア・オセアニア地域のCYP2C19の遺伝的多様性の地図(Yusuf et al. 2003)。たぶんこれも一種のsyndemicだということでマラリアとサラセミアやHbSやHbEやG6PD-Dの分布の重なりの地図が出てきたが、まあこれは超有名な話。むしろビターキャッサバ摂取とも重なるという話がなかったなあ。
- 2人目はFreda。2013年にNRHで出産した女性の転帰における文化の役割というタイトル。低中所得国ではMMRが高い。ソロモン諸島も目標値より高い。2013年のNRHでの妊産婦死亡は8例記録(電子化されていないので、Fredaが紙記録からデータ化した)。後方視的に5000以上のNRHで出産した妊産婦女性の診療記録から74例を除外してデータを分析し、社会文化的要因の影響を探索。98%以上の女性が分娩時間24時間以内。90%以上が通常の経膣分娩。合併症は数%以下。約9割の女性はDBPが90 mmHg以下。産後出血は2%程度。社会人口学的要因の表はコントラストが低て読めず。女性の平均年齢は26.7歳。配偶者の平均年齢は32歳。女性の年齢は高血圧の有意なリスクファクター。都市部より農村部の女性の方が産後出血リスクが高い。ソロモン国内の地域比較に考察で触れていた。婚資があるところとないところとか。70-80%のソロモン女性は医師がいないところに住んでいるという条件下で、NRHのデータなので、ソロモン女性の代表性はないデータだが。TBAについて質問があったが、TBAについてはデータがないという返事。
- 3人目は石田貴文さん(数日前に予定発表者がキャンセルしたことで急遽引き受けてくれたそうだ)。集団調査における試料の重要性:DNAから細胞へ、というタイトル。東南アジアのマラリアとOvalocytosisの話。メラニン合成遺伝子MC1Rの変異による皮膚色の多様性の研究。バジャウの人々が遊牧から漁労民(sea nomads)へとライフスタイルが変わったことに伴う生理的及び遺伝的適応の話。DNAレポジトリでのPDE10AでC/Tの多型があり、Tの遺伝子頻度はバジャウで高い。TTだと脾臓サイズが大きい(2人しかいないが)。sea nomadsはバジャウだけではないので、他のsea nomadsではどうかと思って調べたが統計的に有意ではなかった。現在はEthnic cell repositoryというものが各地に存在する。sea nomadsであるモーケンの人々とフローレス島民で遺伝子頻度を比べたら差はありそうだったが、もっと大きなサンプルサイズが必要。DNAを使う場合、遺伝子型、ゲノム解析が主で、遺伝子発現や機能の解析は少ない。細胞では発現と機能の分析が主。iPS細胞に遺伝子導入すればもっと簡単。でもDNAも使わないともったいない。異なる研究分野の間でのコラボレーションが重要という提言で〆。バジャウは全員同じように潜水能力があるのか? という梅崎さんからの質問は鋭いが、集団遺伝学は相対的な頻度で推論するので、そこはわからなくても仕方ないだろう。
- 6分の休憩を挟んで4人目は京大の中村亮介さん。熱帯樹木群集の理解におけるケイ素の重要性:パナマとマレーシアを含む広域スケールでの解析、というタイトル。4人目から6人目までは植物と環境保健というトピックで組織された。サトウキビ、とうもろこし、米、小麦の作付けは年々増えているが、どれもケイ素を溜め込む植物。海洋エコシステムも地上のケイ素の動態の影響を受ける。ケイ素濃度の高い葉はそれを食べる昆虫に有害。森の中ではどのようにケイ素が蓄積されていくのか。植物種間で葉のケイ素濃度を測った。マレーシアのキナバル山とパナマの標高1300メートルくらいの森で調査。土地は概ね貧栄養。1800メートルくらいのところまで上がると、どんぐりの木がある。102種の植物の葉を集めると同時に、落葉も集めた。ケイ素を抽出して比色法で定量した。濃度はマレーシアの方がパナマより低かったが、それぞれ種による違いが大きかった。両方に存在する14のfamiiliesのケイ素濃度を散布図にするとマレーシアとパナマの濃度には正の相関があった。落葉中のケイ素濃度と標高との関連はパナマではクリアでなかったがマレーシアでははっきりしていた。ケイ素は土壌から根を通して吸い上げられるのか、窒素のように根粒菌のようなものが産生することがあるのか、という質問があったが、前者のみで、もちろん土壌中の可溶ケイ素がどれくらいあるかは重要な環境要因というお答え。食草とする昆虫への影響を考えたら乾燥重量ベースでの濃度ではなく、生の葉で測るべきでは? という質問があったが、乾燥重量ベースだった。
- 5人目はビーレフェルト大学のDr. Putra。マメ科植物を用いたアグロエコロジーにおけるケイ素の機能的役割の解明、というタイトル。ケイ素は植物中カドミウムや亜鉛の負荷を軽くする。イネ科植物でのデータは古くからあるが、マメ科ではどうか? ということでケイ素が欠乏している土壌が多いオーストラリアとコラボして実施。植物を食べる昆虫に対してだけではなく、その捕食昆虫への影響も。あと数日でこのテーマについて新しい論文"Agroecological consqeuences of silicon supplementation for a legume cultication: Two-year-long field observations."がでる予定。
- 6人目はパラオ地域短期大学のChristopher Kitalongさんで、パラオの生産:健康と繁栄に向けた歴史と未来への展望、というタイトル。パラオは日本の真南、フィリピンの東にあり、土壌は石灰質のところが多い。パラオの歴史。各地で土壌流出が起こっていて問題。有機物によるマルチの利用。さまざまな植物が伝統的に民族利用されており、薬用植物も多数ある。民族利用されてきた薬用植物とphytochemistryの関係、パラオでの伝統医療の研究といったものも重要。毒のある植物として魚毒に使う植物がある。使用について調べて論文になっている。下痢治療に使われる薬用植物もある。
- 続いて総合討論があり、場所を移して18:00から立食形式での情報交換会があった。20:00過ぎに一応のお開きになったので帰途に就き、22:15頃に帰宅した。
- 日曜はアラームで6:00起床。テレビ体操。7:30までには出発しないと。
- というわけで2日連続京都へ。今日は京阪電車を使ったら待ち時間が長くて失敗した。昨日と同様に阪急の終点から会場まで歩けば良かった。まあギリギリ間に合ったが。この会合では、スクリーンが2つあって、発表スライドが左側のスクリーンに映し出されるのと同時に、演者の声がソフトウェアによって自動的に字幕として書き起こされ、右のスクリーンに表示されるようになっている。昨日は英語講演で字幕も英語だったのでまだ追えたが、今日は日本語講演で一瞬日本語字幕が出て逐次英語に自動翻訳されていくようになっていて、日本語のトランスクリプション自体のエラーもあり、日本語と英語がフラッシュ切り替えのように交互に現れるので、読み取るのはほとんど不可能だと思う。外国人参加者のために設定された仕組みだが、これをフォローするのは無理筋だろう。以下メモ。
- 最初の発表は古澤さんで、移住とアイデンティティというタイトル。趣旨説明のような意図。4拠点合同シンポなので、共通するテーマという意味で。プレゼンツールとしてパワポでなくWebGISを使ってみる。地域研究も学際だけで終わらず独自のdisciplineとして確立させることが大事。ただし、グローバル化が進んでしまって、世界中どこにいっても地域として独立して考えることが困難。一方では地域の住民自身が情報発信できるので、外部の研究者が入る意味が難しくなっている。4つの話。(1)個体群生態学としての人類生態学。平均値を出すことが目的なのではなく、集団を理解しようとしている。地域生態系の中で人々がどう生きているかを知ろうとしている。でも現実の地域生態系は閉鎖系ではない。地域の人口支持力を超えた人々は都市などに移住する。移住先の集団の研究は難しい(梅崎さんがモレスビーに住むたり出身者コミュニティーの研究をしたが)。(2)ロヴィアナの研究。ロヴィアナ語を喋る日本人は3人しかおらず、そのうち2人が今日の会議に参加しているという。慣習地と町の関係は複雑。(地図をスクロールすると説明が出てきたりするWebGISのプレゼン面白い)(3)オリヴェの暮らし。森林伐採、自然資源利用、所有権などパラマウントチーフが決めている。リゼヴという一次林と二次林の中間的な位置づけの林には有用植物が多い。村の外の土地でもサイキレという親族集団に属していれば使える土地がある。ロヴィアナ地域のエスノヒストリー(Nagaoka、博論)。シャンカー・アスワニ(海洋人類学者)による村ごとのクラン構成の話。過去の移住歴によって土地利用の仕方が異なる。(4)過去の移住史と人類遺伝学研究をあわせて一色さんがやった研究。推定された遺伝的近縁度から見ると、サンタクルーズがPNGのNANに近いのに地理的には中間にあるムンダの人々がANが多くmixture。人類集団の間には切れ目がない。こうしたことを踏まえると、グローバル・ヒストリーを踏まえたグローバル地域研究が必要。(去年、大塚さんの追悼でオセアニア学会ニューズレターに書いた文章の〆と近い話で共感する)。地理情報システムによる見える化の話。太平洋の海面上昇もデータを集めてデータベース化して地図上に見える化している。
- 2題目は小野さんで、海域アジア・オセアニアへの人類移住と考古遺跡の現在:スラウェシ島の事例から、というタイトル。更新世時代のサピエンスと海域アジアへの進出、新石器時代におけるオセアニアへの移住、トポガロ洞窟群の現在(ニッケル鉱山開発の影響)と開発、という章立て。出アフリカが10万年前として、オセアニアに来たのは5-6万年前と考えられている。アフリカとオセアニアの間に東南アジアがあるのにその頃の遺跡が見つかっていない問題。そこでスンダとサフールの間のウォーレシアで遺跡を探した。トポガロはこの北ルートで最古級。移住の別ルートとして東チモールにも4万年くらい前の遺跡があり漁撈の証拠となる遺物が出ている。そちらはオーストラリアの研究者が多数研究してきているが、北ルートは研究する人が少ない。トポガロ2では5メートル掘っていて19層確認している。もっと深いことも確認済みだが、COVID-19パンデミックで中断していて、明後日から再開予定。土壌からの年代測定も試みているが、まだ結果がちゃんと出ていない。C14年代でみると、地表から4メートルくらいのところで42000年前。いろいろ遺物が出ている。42000-31000BPの石器群。人為的に加工されていることが明らか。骨製の針もスラウェシ全域で出てくる。動物の骨や貝類も出てくるが時代によって種類が変わる。古くはアノアという水牛の仲間がたくさん出るが、徐々にイノシシや貝が増えてくる。ウォーレシアではまだ45000年くらいまでしか遡れていない。サフールとは5000年のギャップがある。もっと深く掘れば出てきそう。一方、壁画は45000年前のものが出ていて、人類最古。新石器時代はANの広域拡散。究極の起源地は中国か台湾だが、直接は東南アジア島嶼部から。用具や家畜が出てくることから考えるとおそらく農耕民。先住していたはずの狩猟採集民との間ではいろいろなことが起きたであろうと考えられる。メラネシアはラピタ人、ミクロネシアはフィリピンからと考えられる。主な物質文化としてはラピタ土器が特徴的。トポガロの岩陰からはラピタの鋸歯印文土器の土器片が多数出てきた。非常にバラエティ豊か。2000年くらい前の人骨と一緒に出てくるので、ほとんどが副葬品と考えられる。黒曜石や古DNA分析(COVID-19パンデミックで古人骨がインドネシアから持ち出せなくなってしまったので中断している)から当時の島嶼間ネットワークにアプローチ。なぜ海を渡ってオセアニアに移住したのか? という問い。プッシュ要因として寒冷化、プル要因として新たな資源開拓やフロンティア・スピリットが考えられるが、航海技術や移住先で生存できる栽培や家畜飼育の技術があったことが移住が成功した条件として重要。ニッケル鉱山の話は時間切れで割愛。
- 3題目は国士舘大学の鈴木さんで、海の遊動民は陸地に定住したのか? アンダマン海に生きるモーケン人の移動形態の変遷、というタイトル。遊動とは何か。海の遊動民とは何か。陸上がり前のモーケンの移動。陸上がり後のモーケンの移動。全員が永続的に定住したわけではない。遊動民はnomadsの訳。元々は遊牧民を指す。池谷さんは世界中で定住化が進み遊動民は近い将来終焉するかも、と論じている。海の遊動民とはDavid E. Sopher (1965) "The Sea Nomads"で定着した用語。後に"Sea Nomads of Southeast Asia: From the Past to the Present"という論文集も出ている。定住化が進んでいるという認識が共有されつつあるが、調査を進める中で、本当に定住しているのか? という問題意識をもつようになった。約3000人のモーケン(アンダマン海に住む、国境をまたいで生活圏を築いている、造礁サンゴの多様な生物を利用して船を住まいとして暮らしている人々)が調査対象。1960-70年代は拠点となる島をもつ家族・親族を中心とする船団が広域移動生活。1980年代になると漁業開発、観光開発で様変わり。1980年代に次々と国立公園指定され、資源採取が規制されるようになった。その結果各地で陸上がり。21世紀の聞き取りでは津波被害も経験している。短期的な近距離移動は頻繁。漁や雇用など個人的理由。2015年以降にタイを訪れる中国人観光客が激増。プーケットに来る中国人観光客を相手に仕事をする若いモーケンが増えた。スピードボートに乗って村を訪れる。
- 4題目は京大の山口さんで、インドネシア独立運動の中のアラブ系住民:帰属意識の変容と「リベラル」なイスラーム解釈、というタイトル(資料参照)。インドネシアの近現代史研究者。写真はボゴールに住むアラブ系の男性たち。PAIの「リベラル」解釈。ハドラミーが対象。18世紀末からWWII後くらいまでアラビア半島から移動してきた。ほとんどアラビア語は喋れない。長くディアスポラ研究という文脈で研究対象となってきたが、山口さんはむしろ東南アジアと中東アラブ地域の関係の研究の一環として注目した。アラブ人もムスリムであることはアイデンティティの中核ではあるが、必ずしもイスラム法に忠実とは限らない。トトクとプラナカンの違いは薄れてきている。
- ここから昼休み1時間。会場に来る途中で見かけた、出町柳近くの831kitchenという店まで歩いて九条ネギのマルガリータピザを買い、鴨川を見下ろすベンチに座って食べたが、大変美味であった。できたてのピザ1枚で1300円でこの味は大満足であった。
- 午後のセッションは案の定というか、外国人参加者は姿が見えない。自動字幕は企画倒れか? 日本語が出なければまだ追えそうな気もするが。
- 午後1題目、今日の5題目は関西学院大学の歴史地理学の花木さんで、ブラジル移民青年隊について:沖縄出身者の南洋群島引揚げと戦後移民の諸相、というタイトル。(垣根涼介の大傑作『ワイルド・ソウル』を思い出す)ブラジル移民青年隊は青年人口増加、米軍占領下で将来に希望がもてない、といった背景のもと、沖縄青年連合会が村おこし運動を始めた。米国のC.C.C.運動を参考に、農家の二、三男を救うためのブラジル移民を計画。農業訓練を受けて4年契約でブラジルへ。ゆくゆくは独立して農地をもてるように。青年隊の移住者数はちょうど300人。独身男性。出身地は大里村が1位。南部農林高校卒業生が44人と多い。農林高校では移民教育が活発。戦前に沖縄以外での生活を経験した人は33人。南洋群島や日本やフィリピン。八重瀬町出身者17人について詳しく調べた。20歳代前半。親が移民経験者であり再移住させたいという動機の人や米軍統治下の生活苦から逃れたいという動機の人がおり、必ずしも農業改革を目指したわけではなかった。ブラジル移民後も移住する人が多い。職業もずっと農業とは限らず、フェイラと呼ばれる商業に転職する人がいた。
- 6題目は竹川さんで、口頭伝承からみる移住と混淆:ソロモン諸島漁撈民ラウの誕生におけるポリネシアン・アウトライアーの影響、というタイトル。いったんソロモンを素通りしてトンガやサモアに拡散したANたちがメラネシアに戻ってきたのがポリネシアン・アウトライアー。ソロモン諸島やバヌアツに多い。ミクロネシア、PNG、フィジー、ニューカレドニアにもいる。今日の話は、ラウの口頭伝承の1つ。マライタ島の漁撈民ラウのバラファイブの物語。ラウは土地をほとんどもたずラグーンに人工島を作って生活していた(海面上昇で次々と廃棄されているが)。石の音で追い込むイルカ漁が有名だが、これは実はポリネシアン・アウトライアーから伝えられたものだというのが、今日の話。山海交易をしている。『モノ・コト・コトバの人類史:総合人類学の研究』(2022)に語りの全文を載せているので、詳しくはそちらを参照。バラファイブは箱入り娘。村であるココヤシが禁忌になったことを知らず、偶々浜に出たときに流れ着いたココヤシの中身を飲んでしまってカヌーごと流された。こっそり連れ帰った男は密告によってバラファイブを首長にとられた。首長とバラファイブの間に生まれた息子は強くなり、里帰りしたりいろいろと大河ドラマのように話が展開するが、その中でイルカを集める石も登場する。実在する島の名前もいくつも出てくる。ロドアウはマライタ島の北方約400kmのオントンジャワの別名。山の民と海の民は混淆しながらも独自性をたもち共存している(言葉は違うが、二者間の婚姻は推奨されている)。イルカ漁ができる場所は限られているのでは? という質問に対して、オントンジャワでもストランディングしやすい場所があるとのこと。いまはリンガフランカとしてはピジンだが、となりの部族の言葉はお互いに聞き取れる。たぶんピジン以前はない。Kwaioとラウの対立、Areareとラウの良好な関係とか、ラウはこの辺りで最初にキリスト教を受け入れたので、その点で山の民と対立したことはある。
- 7題目は深山さんで、ポリネシアの極リモート環礁における島嶼間ネットワークとアイデンティティ、というタイトル。ラロトンガ島とプカプカでの調査。「トラネシ」な環礁社会の捉え方に向けて。環礁外のプカプカ系移民は、語りによると環礁内の人口より遥かに多い。1940年代以降にプカプカからの移民が増加。ラロトンガ島の移民コミュニティによる支援には短期的なものと長期的なものがある。長期的なサポートは2023年調査時点でも続いていた。環礁で繁殖させるための動植物など。サイクロン後に消滅したタロとサイクロン後に導入されたタロは住民には違うものと認識されている。が、種あるいは品種としての具体的な違いはわからない。小野さんは同種の可能性もあるのではないかと。
- 最後の発表は丹羽さんで、フィジーにおける移民とグローバル化:混血からみた移民のアイデンティティというタイトル。太平洋の労働交易史という支店。雇用側の定住入植者(ヨーロッパ系、beach comberではない)と雇用される多様な労働者(中国系、太平洋諸島系、日系などいろいろ)。移民のアイデンティティは祖国にあるか移住先にあるか、世代の問題など。植民地時代のフィジーにおけるサトウキビ産業にともない、大規模な民族構成の変化が起こった。先住系(半分)、インド系(40%弱)、ヨーロッパ系、中国系、太平洋諸島民系。先住系は雇用者でも被雇用者でもなく地主。独立後も引き継がれていくが混血も進む。新興国家フィジーとしての民族アイデンティティを確立するために先住系が中心となった。その中で混血の位置づけは? パートヨーロピアン/カイ・ロマが使われてきたが、独立後はヴァスと自称。父系のなかでの母系の意義。メラネシア系もヴァス概念を流用。宗教はアングリカンとカトリックが大多数。9割以上が先住系と婚姻している。先住系男性とメラネシア系女性の子どもは先住系とみなされるので土地所有権を引き継げる。父系に帰属できない場合も、母系を通じた系譜図への登録という手段がある。文化的にはメラネシア系は先住系だが、フィジー人とはみなされない。先住民特権もない。
- ということで発表は終わり。休憩を挟んで総合討論。帰りは鴨川沿いを歩いて阪急の京都河原町から十三、新開地と乗り換えて帰宅したら19:00を過ぎていた。
- Stephen L. Morgan, Christopher Winship(著)落海浩(訳)『反事実と因果推論(原題:Counterfactuals and Causal Inference: Methods and Principles for Social Research [Second Edition])』朝倉書店、ISBN 978-4-254-12269-5(Amazon | honto | e-hon)が届いていた。
- 昨日と今日で京都を二往復したので、古瀬祐気『ウイルス学者さん、うちの国ヤバいので来てください。』中公新書ラクレを読了したのだった。大変面白い語り口であると同時に、実体験に裏打ちされた深い見識が(匿名化しつつも)わりとあからさまに曝け出されていて凄い本だった。ちゃんと書評を書かねば。ところで、カバーを見たら、いつの間にか肩書きが東京大学教授になっていたのだが、部署はどこなのだろう? と思って調べたら、新世代感染症センターという組織が2022年10月に国際高等研究所の3番目の組織としてできていて、そこの専任の教授に就任されたようだ。なるほどというか流石というか。
- ちなみに土曜も日曜も1万歩以上歩いていたのは良かった。
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