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【第1324回】 日本人口学会1日目(2016年6月11日)
- レストランで朝食を食べて,9:00から日本人口学会1日目。最初はテーマセッションの討論者になっているので「地域特性や個別環境による出生率格差を考える」に参加。以下メモ(内容は無保証。括弧内は感想とか予定コメント内容とか。★13日に若干加筆。なお,タイムテーブルからリンクされている要旨は完全公開なので,以下のメモを読まれる方は要旨も読まれると良いと思う)。
- 最初の演者は網塚貴介さん(青森県立中央病院成育科→ブログ)。2008年たらい回しによる妊婦死亡NICU不足問題。子どもが減っているのに何故? 2009年厚労省調査でNICUが常に満床であることがわかった。LBW数は1991年に1223245出生中1 kg未満が2361,1500 g未満が6659,2010年には出生1071304中1 kg未満が3232,1500 g未満が8086(2500 g未満のLBWも増えている)。出生数は減っているのにLBWは実数で増えている。出生当たりにすると大きく増えている。H19年度の厚労科研報告書必要NICU数推定の研究出生1000当たり2床とH6推定。H17には2.2あったが不足。再推定したら出生千当たり約3床と1.5倍になった。1500 g未満がVLBW(極低出生体重児),1 kg未満のULBW(超低出生体重児)とも増えているが,ULBWは死産扱いだった子どもが助かるようになったことが大きい。VLBWは実際に増えている。2006年前後が率も数もピーク。東京は少子化が全国に先駆けて進んだので,近年は出生率低下は鈍化。数の変化と率の変化はパラレル。だから東京都でNICU不足が大きな問題になった(墨東病院事件)。40歳以上の母親の割合は2次曲線。LBWリスクは25-29歳が低く35歳を超えると上がる。多胎の場合は別。H24にも似た傾向(高齢の多胎は生殖補助医療のためなので減少)。25-29歳に比べ35-39歳,40歳でVLBWは2倍,3倍。つまり35歳以上の出産が増えたのでLBW割合が増えたといえる。VLBWの実数は30代前半が1位,30代後半が2位。1991年を1としてLBWリスクの母の年齢別に見ると2003年くらいまでどの年齢層も増加し,そこから横這い。2003年以降は30-34,35-39の母の出生数が急増しているためにLBW数は増加。2005年以降は35歳以上の出生率上昇が影響。20年後には30歳以上の女性人口のボリュームゾーンは消失している。さらに20年後はどうなるか? 女性人口当たりの年代別LBW,VLBW,ULBW率推移を見ると,30歳以上のみ上昇。年代別女性人口の将来簡易推計(死亡を無視)した表を作ってみると,2013年の年代別LBW数の表に掛けることによって将来のLBW数が推定できる。約10年後には平成10年頃のLBW数に戻る可能性が高いと推定された。まだ問題ある。出生数増減率を都道府県別に見ると,東北五県が減少トップ5。東京は増加。(■比較するのが数なのか率なのか,率としても粗率なのか年齢調整した値なのかを厳密に考えた方がいいと思う。東京は再生産年齢人口の流入が大きいから別に考えるべきと思うし,人口移動の影響,つまり東北五県は社会減が大きいために,仮に率が変わらなくても数は減るのが当然と思う。少なくとも率で比べるべき)新生児医療については最近大きく改善した。ULBWはH12に57.9%死亡,H25には3.5%死亡。症例の集約化の効果。地方では基幹施設の維持が困難になり研修も難しくなる。が,若手医師は小児科離れが起こっているので人手不足に。新生児診療水準が低下するかも。都会と地方の問題意識の乖離,都会での症例・研修施設の囲い込み,NICU空床の増加が起こるかもしれない。避けねばならないのは痴呆の症例不足と人材不足による診療水準の劣化。縮小する新生児医療が直面する「撤退戦」を生き抜く知恵が必要。→原さんと逢見さんからの質問があった。女性の地域別人口を出しても里帰り分娩などが多いので信憑性のあるデータに乏しいのも問題。
- 2人目の演者は吉田穂波さん(国立保健医療科学院)。元々産婦人科医でreproductive healthをやっていた。発表タイトルは災害と女性の出産,健康―被災地女性の健康と出産環境―。先進国の平均寿命55年間の移り変わりをみると,日本がトップレベル。その要因は乳児死亡,周産期死亡が世界一低くなったから。ただし年少人口構造係数は12.7%と日本はOECD中最低。母の出産年齢の平均は高齢方向にずっとシフトしてきている。40歳以上の第一子が全出生数に占める割合は1.2%くらいまで増えている。自然妊娠の10倍以上? 不妊治療による出生数がうなぎ登り。2005年頃多胎には抑制がかかって複産が減った。国際比較でみて,LBWは日本が突出して増えている。周産期医療の進歩,母の痩せ願望などが言われているが良くわからない。特別児童扶養手当認定者数を見ると,外部障害や内部障害は増えていないが,知的障害や精神障害が増加。とくに中等度の知的障害が増加。(■診断バイアスではないのか?→診断基準は変わっていないはずとのこと。むしろあるとしたらサンプリングバイアスか。それも含めた説明モデルが欲しいところ)知的障害と母の平均年齢ときれいに正の相関関係が見られる。東日本大震災で石巻赤十字病院産科病棟師長の資料によると,震災後他の産科が全部潰れたので分娩50件から激増。避難所の褥婦支援をしていたときに,母子保健支援システムが不十分であることに気づいた。災害の時でもお産は起こる。災害時用配慮者(人口の50%を占める)の中で,妊産婦が最も少なく,行政支援は後手に回りがち。年代別1日平均死亡数に対して東日本大震災の人的被害が何倍かを見ると,0歳は277倍,1-9歳は684倍,10代は1279倍でピーク。高齢でも数百倍。乳児死亡についてフォーカスすると,普通は乳児死亡の大半は病院で起こるが東日本大震災のときは死亡場所「その他」が最多。その後の出産数に与えた影響をみると,翌年の出生数も宮城県どの圏域でも減少していた。内閣府「H27避難所運営等に関する実態調査(市区町村アンケート調査)」回収率97%。小さな都市ほど母子向けの備蓄が少ないことがわかった。災害時要援護者は地域紐帯形成のキーパーソン。平時からの母子の自助力をアップするためのパンフを作った。文京区が最初にH24採用。妊産婦避難所設定。現在15自治体。人材育成研修もしている。静岡県HUGというシミュレーションゲームなど,研修を通じて新しいツールができてきた。妊婦災害支援ネットというスマホアプリも作った(すべて内閣府のwebページからダウンロード可能)。熊本には事前に配布できていなかったので使われなかった(事後的には無理→災害対策はpreparednessとmitigationが鍵というのは当然だからな)。質疑:災害時には水が必要では?→熊本ではディスポの哺乳瓶も配った。授乳室より授乳服では?→そうですね
- 3人目は猪熊弘子さん(ジャーナリスト,お茶大院,都市大客員准教授)。子育て支援・保育環境における地域格差と出生率。「保育園落ちた日本死ね」のブロガーへの取材記事を書いた方。週刊文春の中吊りで「保育園」という字が大きく載ったのは画期的。これまで保育園はミクロの問題だった。入れなかった場合も自己責任と捉えられてきた。「私だ」を掲げた女性たちの写真。匿名ブログに端を発した騒動でマクロな問題になった。子ども子育て支援新制度が今年から始まって大きく変わった。介護保険と同じく保育の必要度の認定を3区分(財源は1.1兆消費税予定だったのが7000億円に減額され,さらに消費税増税も止まったのでいま困っている)。3〜5歳の保育を要さない子(幼稚園児)は1号,3〜5歳の保育園児には2号,ゼロ歳保育は3号認定。しかしゼロから2歳までの家庭で子育てをしている人には給付ゼロ(→猪熊さんはここを見直しすべきと提唱している)。保育の利用基準は自治体によって違い,世田谷区はきわめて細かく分かれている。父母それぞれ50点満点の持ち点があり,条件ごとに増減する。一人親だとプラスになったりマイナスになったり。(■いわばホワイトリスト方式にしているということ?)認定こども園も4つのタイプがあるなど,子ども・子育て支援新制度はめちゃくちゃ複雑。東京都認証保育所はこのシステムに入っていない。さらに市区町村の認可による地域型保育給付という制度が別にある。ファミリーサポートセンターとか児童クラブだけでなく,妊婦健診もこの地域子ども・子育て支援事業に含まれている。待機児童の多い都道府県は,東京,沖縄,千葉,埼玉,兵庫,福岡,大阪の順。東京が2013年10月には1万人を超えていた。沖縄で3089人だった(最初から諦めている人は申請すらしないので,実際にはその数倍いそう)。沖縄は児童福祉法ができて保育園が整備された頃に米国統治されていたために,5歳になると米国式にpreschoolにいくという制度が残り,認可外保育所が多い。東京都内では世田谷区が最多。毎年2000人近く収容を増やしているが,子ども数も1000人以上増えているので追いつかない。市町村レベルでは仙台市なども待機児童が多い。待機児童の定義が自治体によって違う。横浜市「待機児童ゼロ」の真実(平成25年4月)など。事情により待機児童扱いされない人が多い(昨日の日経新聞に載っている)。一方で,子どもが少なく,保育園を閉鎖していく地域もある。富山,石川,福井,山梨,長野など。福井県でも福井市は待機児童ゼロだが鯖江市は少しずつ待機児童が出てきているなど地域間格差が大きい。悲惨な「保活」の実態:妊娠するとすぐに「保活」,保育所探しで体調を崩す,保育園探しで終わる育休,「空きは1人分もない」→幸せな体験をしたことがない世代,「保育」の豊かさを知る機会が減っている。「負け組」「勝ち組」の概念でしか語れない貧しさ。「預かってくれればどこでもいい」という声も聞くが,線路の下とか,片側3車線の道路に面したドラッグストアの2階とか,産廃施設の隣とかいった凄い場所に認可保育所ができている現状。基準は昭和23年に決められたまま。1人あたりに必要な面積はスウェーデンの半分以下(東京都認可保育所は1/3以下)。子ども関係支出が日本はOECD諸国中最低。先進諸国中,日本だけが(と発表されたが,スライドの図ではアメリカやチェコも同じだった)0から5歳の法的権利もなくサービスも有料。(■就学前保育等推進法はあるけれども……子どもの権利ではないということか)
- 4人目は組織者の早乙女智子さん(産婦人科医)。不妊カップルは10-15%。加齢により増加。通常の夫婦生活を営んで「2年以上」妊娠しないものを不妊と定義していたが,2015年に産婦人科学会で「1年以上」に修正された。流産も加齢により増加,不妊原因は男女半々,女性のライフコースから。ソーシャルキャピタルとしての産科・小児科医療:かかりつけ小児科の不在,コンビニ受診による小児科医の疲弊,どこで産むかとどこで産めるかの齟齬。大病院は帝王切開が多い。近くで,大病院で,里帰りで,という医学的棲み分け(■multiplural medical systemだな)。産婦人科医の内訳として,産科医=産科開業医,婦人科医,産婦人科医(勤務)の中で,産科医が激減している。2006年の産婦人科訴訟事件が大きかった。70代以上で頑張っている方が多い。女性医師の割合も増えてきているので,ワークライフバランスの観点からは難しい。15-49歳女性人口当たり産婦人科・産科資格取得医療施設勤務医は埼玉が少ないが,これは東京に依存しているため。人口10万対産婦人科医比率は東京と大阪・京都が少ない。粗出生率はパラレルでない(■それは当然であろう。都道府県別TFRを見ないと→現在公表済みの最新データを使うように変えたバージョンのRコード。結果は右図)。不妊クリニック数は東京,大阪・京都が多い。35-39歳出産数は東京が多く2000年から2014年で倍増。青森,島根は保たれている(相対的に若い世代が産んでいる)。1992年国内顕微授精成功,2003年体外受精児の出産と不妊治療が進歩。1995年に5000件を超え,2015年には5万件超。FET(凍結融解胚移植)出生が大きく増えている(産婦人科学会学術講演会での柴原先生のスライド33枚目の図を参照)。従来の顕微授精はそんなに増えていない。ARTでも35歳以降高齢ほど流産が増えるし妊娠しなくなっていく。全出産に対する体外受精出産の比率は35-39歳が大きいが,このことが高齢出産化を推し進めている可能性がある。不妊治療の数は増えている。とくに35-44歳。末田ら2016「都心部における妊産婦の高齢化とその影響」で,都道府県データを使った重回帰分析で,生殖専門医数,35-39歳女性割合などが有意に寄与するが,これが東京都は全国1位。人工妊娠中絶は年齢階級別にみると35-39歳以下では減少。40-44歳では下げ止まっている。一方,染色体異常を理由とした中期中絶では,平均年齢が2012年まで上昇,2013年からはやや低下した(卵子の老化が話題になったから?)。東京は高齢出産がダントツに増えている。30代後半の出産が当たり前になってきてる。40-44歳の出産数は1925年はもっと多かった(■分母が違う?)。産婦人科医のみならず,助産師・ドゥーラ(産後ケアの専門家)を活用する新しい枠組み,高齢妊娠・出産の再考,イクボス・イクメン(と言っているうちはまだまだだと思うが)への期待。先延ばしにして不妊になってしまった人(数字にはでにくい)を救うことが必要。
- 討論。佐藤龍三郎さんと自分。佐藤さんは希望出生が語られるようになったというのはタブーがなくなったことといえ,ヒューマンサイエンスの視点に立ったセッションで興味深かったという。LBWは成人になってからの健康にも関連→バーカー仮説の話。災害時の? 外国人の問題? 幼保一元化をどう見たらいいのか? 女性手帳騒動→中学/高校の保健の授業副読本騒動。脅迫にならないようにしなくてはいけない。少子化対策については,性と生殖に対するポジティブな態度が必要では?→セックスレスの相談は減った。「産むべき」と言われると反感を買うが「20代で産んで良い」と言われれば受け入れられる? 網塚さんに,そんなに難しいことではないはずだから,やはり死亡率を考慮した解析をした方が良かったのではないかと申し上げたら,そうしようと思って社人研に相談したら,LBWは対象外(専門にしている人がいない)という理由で協力が得られなかったとのこと。そんなものか。
- フロアセッション。原先生:人口分布の問題が背景にある。人口減少が学校統廃合の大きな要因。ライフスタイルそのものがいびつになり,それに伴って人口分布が偏った。それによって生じた問題がさらに人口分布をいびつにしていくという問題が続く(負のスパイラル?)。根本的にはライフスタイルを全部変えないと。中里先生:育児休業の国際比較をしていて,欧米並みにすればゼロ歳保育の問題は多少軽くなると思うがそういう検討はされているか? 非正規は育休取れない。正規の育休取得率は上がっている。ただし男性は2%前後。本当は2歳くらいまで取りたい人がほとんどだが,保育園に入れることを考えるとゼロ歳の間もフルにはとらない。会社はゼロ歳児がいても19時くらいまで預からせて働かせる。神戸市看護大助産の藤井さん:新生児を受ける立場の集約化はわかるが分娩そのものの集約化は子育てまで視野に入れると逆行なのでは。多様化していることを考えると集約化すべきところはどこにあってどこは違うのかを整理すべき。日本の助産所はいい制度だと思うのでもっと活用して欲しい。中期中絶の問題は未受診妊婦についてはほとんど受けてくれないが(特別養子縁組の方向へ),出生前診断での中期中絶は受け入れるというのは矛盾しているのでは? →子どもの選別? 中絶そのものは保険診療ではないので,基本的に公的病院では受けない。けれども染色体異常があれば中絶するのが当たり前という感覚の蔓延は気持ちの悪いセクシズム。逢見さん:人口学は娑婆の人間がどう考えてどう動くかをターゲットにしているので,医療より過ぎな発表だったと感じた。発表者中3人が医師。生殖技術が進むことによって晩婚化がさらに進むというのは因果関係として言えないのでは? 解釈だから何とも言えないが,技術によって社会が変わるとはあまり思えない→早乙女さんはいろいろ考えてデータも見て敢えてそういう視点を紹介した。→網塚さん:GCUで赤ちゃんがミルクを一人のみしなくてはいけない施設数を調査したら過半数。看護師1人当たりみなくてはいけない赤ちゃん数が9-10人で先進国中格段に多い(欧米では3-4人。重症NICUなら1対1)。保育と違って縛りが無いから。医療の立場からみて,日本ほど赤ちゃんの権利をないがしろにしている国は無いと言える。子どもの権利条約批准国と思えない。
- というわけで充実したセッションだった。同時進行していたSDGsのセッションの終わり近くをちらっと覗いてから理事会へ。
- 理事会終了後は道路を挟んで隣の敷地にある建物に移動し,総会,学会賞等表彰,公開シンポジウム。終了後,また別の建物(麗澤大学前バス停の近くにある平屋の洒落た会場)に移動して懇親会。料理,とくに野菜と鶏肉が大変美味だった。酒も伊勢ビアンコとか大勝山とかいった珍しいものが飲めた。
- 22:00過ぎに研修寮に戻って風呂に入ってから眠った。いろいろ仕事できる材料はもってきたが,全然進まない。今日のドラゴンズは大野投手が145球完投勝利だったようで良かった。
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