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4:00頃からデータ入力をして6:30にフロントに行き,ウェスタン州に行くF君を見送った。生体計測用具はウェスタンでは使わないということなので,トランクに入れて先に日本に持ち帰ることにした(宅急便で東大に送っておけばいいとのこと)。7:00過ぎからデータ入力を再開した。8:00過ぎにK先生の顕微鏡仕事が終わって結果が出たので,そこで陽性だった人が対象村落内の人だったかどうかと体重を電話でO先生にお伝えし,再びデータ入力作業に戻った(結果を貰いにロビーに行った際,フロントで洗濯物を出し,レイトチェックアウトの交渉をしたら,最初は部屋が既に予約が入っているとか言われたが,我々は常連客なのでO先生が支配人Yさんに電話で交渉して何とか部屋も確保できた)。9:00頃だったか,O先生がマラリア関係のレポートをまとめてCD-Rに焼いてこられたので印刷したが,それ以外は10:45頃までずっとデータ入力をしていた。残り4分の1くらいだ。ともかく中間報告書をと思って若干の文章を15分で仕上げ,慌ててプリントアウトしてフロントに持っていった。
しかし,11:00に来るはずだったFさんは,いつまで経ってもやってこない。結局,11:30頃にK先生を残していったん部屋に引き上げ,データ入力の続きをしながら,マラリア陽性だった全員分の写真と名前と村落名と体重を記入した一覧シートもプリントしてしまった。Fさんにこれももたせておく方が,確実に投薬できるだろうから,怪我の功名とはこのことか。名前と村落名だけでは,同姓同名がたくさんいるので,本人確認が難しいのが,こうした村落調査の難点の一つだが,写真があれば大丈夫だ。
再開したデータ入力が一段落したので(もちろん終わったわけではない),12:30頃再びロビーに行ったが,まだFさんが来ない。そこで,荷物をいったんフロントに託してFさんが来たら教えてくれるように頼み,ホテルのレストランに行った。和食の方に行って懐かしの肉うどん+お握りを頼みたいところだったが,日曜の昼は和食は休みなのだそうで,仕方なので洋食の方に行って,ジンジャーエールとキタノバーガーというのを頼んだ。キタノバーガーはアメリカンスタイルのハンバーガーとフライドポテトが一緒になったやつで,わりと美味だった。75 SBDはやや高いが,初日の焼肉定食よりいいかもしれない。ジンジャーエールは色も味も濃いドライジンジャーエールというシュウェップスの製品で,これも美味だった。
13:30頃食べ終わって会計をしようとしていると,ちょうどFさんが現れた。どうしてこんなに遅れたのか問い詰めると,家庭の問題がいろいろあって,とても忙しかったという。連絡くらいできるだろうと言っても,彼女は家にも近所にも電話がないのだそうだ。彼女は地位は低いが調査進行上で非常に重要なキーパーソンなので,保健省から携帯の1つも貸与してあげて欲しいところだ。で,次に来るときまでに何とかしてくれと言ったら,自分の家に電話回線を引くという。これで次回は問題解決といけばいいのだが。
今回はいろいろな事故があって,連絡がとれなくて不安なまま時を過ごすことが多かったので,できれば村でも使える電話が欲しいところだ。J氏が言っていた,ログ村に電波塔が建つというDigicel社のプリペイド携帯か,それが間に合わなければイリジウム携帯を導入すべきかもしれない。まあもっとも,そうなったらそうなったで日本の仕事が追いかけてきそうで嫌なんだが。
16:30までデータ入力を続けてからホテルをチェックアウトした。朝の話ではレイトチェックアウトだから30%余分にかかるということだったが,結局それは計上されていなかった。支配人Yさんの差配だろうが素晴らしい。16:50頃にホテルのワゴン車に乗った。空港に着くと,既にチェックインカウンターが開いていたので,早速チェックインした。月曜にリコンファームしておいたおかげか,実にスムーズにチェックインできて,首尾よくボーディングパスを手に入れることができた。
驚いたのは,これまでと違って,チケット代の中に出国税は計上済みだったことである。9月はボーディングパスを出国税支払カウンターに出して100 SBDを支払い,切手のようなものを貼ってもらっていたのだが,今回はそれが不要だった。なるほど,確かにEチケットにも,TAX SBD PDと書いてあって,大使館関係のVIP(と,ついでに我々)を見送りに来たYさんによると,PDがPAIDの意味なのだそうだ。それが本当なのかどうかよくわからないが,本当に改めて出国税を支払う必要はなく,19:30頃になると出国ゲートが開いて無事に手続きできた。ここも順調だった。土産物屋は,多少品数は増えたようだが,やはり買いたくなるような土産はなかった。機体は来たとき同様に真っ白な何の模様もないもので,ほぼ満席だったが無事に飛び立てて良かった。
ブリスベン到着も予定通りだったし,村で貰ったココナツ製の土産物も無事に通ったし,タクシーで着いたBest Western Airport Hacienda Motelというホテル(でもインド系らしい運転手はホテル名からでは場所がわからなかったが)へのチェックインもスムーズにできたし(日本からネットで予約しておいたので当然だが),ホテル近くのコンビニのATMで金を引き出すのも朝食のためのサンドイッチとジュースを買うのも予定通りだったので,現地時間の0:00前には眠ることができた。
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