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2026年8月のラオス健康調査

Copyright (C) Minato NAKAZAWA, 2026. Last Update on 2026年8月15日 (土) at 21:16:53.

【第1日目】 今年はホーチミン経由でビエンチャンへ(2026年8月10日月曜)

6:00過ぎに出発。荷物が重い。JRで三宮に6:25くらいに着いたので、6:30頃のバスに乗れた。関空片道2200円、往復3700円なので往復を買った。関空第1ターミナルには7:45頃に着いた。電光表示板を見るとベトナム航空はGカウンターと表示されていたので、カウンター前の自動チェックイン機でチェックインした。ボーディングパスも荷物タグも自動チェックイン機から出てくるのは便利だが、受託手荷物預けカウンターが混んでいるので暫く並んだ。預けるスーツケースが制限を若干超えていて、本当は無料で預けられるのは23 kgまでだから次からは気をつけるよう言われたが、今回は無事に預かって貰えた。

海外旅行保険は去年と同じAIG損保のevacuation無制限のプランのうち補償額が中間のものにしたが、去年より値上がりしていた。カウンターの方によると、AIG損保は一時撤退していたが最近復活したので、これまでのデータは出てこないそうで、いろいろ書類を書いた。

ゲートが32番という遠隔地だったので、早めに手荷物検査と出国審査を通った。とくに問題なく通れた。シャトルの1番乗り場から先端駅に移動し、32番ゲート前でボーディング開始を待ちながら以上メモした。

ベトナム航空VN0321は、ほぼ定刻に離陸した。途中何か所か揺れるところがあったが、順調な旅であった。ナッツと飲み物がでてから暫くして昼食も出た。和食とアジアン洋食(?)を選べるようになっていたが、後者にした。サラダとケーキとミートローフのようなものとフライドポテトで、味はまあ悪くなかった。機内映画が手元で選べるサービスが着いている機体だったので、富士山とコーヒーがモチーフになっていて、長塚京三さんが泣かせてくれる映画と、息子が勧めていたひゃくえむ。というアニメ映画を見た。

時差2時間(日本はGMT+9だがホーチミンはバンコクと同じくGMT+7)なのでホーチミンに着陸したのは現地時刻13:10であった。International Transitのゲートで簡単な手荷物検査があり、ベルトを外さないと通れなかったのは面倒だったが、とくに止められることはなかった。時間が暫くあるので、8番ゲートの近くのカフェでココナツコーヒーという甘い飲み物を買って、飲みながらスマホ(ahamoのSIMは海外でもほとんどの国でそのまま使える)でXとBlueskyとLINEとメールに応答した。ココナツコーヒーはとくにココナツの味はしないので、名前の由来は不明だが、まあ東南アジアに良くある甘いアイスコーヒーであった。

一通り返信し終わったので、ゲートの近くの座席でPCを開き、ここまでメモを打った。ついでにonline immigrationの手続きをスマホから済ませた。日本人は目的によらずビザなしで30日までなら滞在できるので(それにもかかわらず、関空のベトナム航空の係官から、ビザについて聞かれて、もちろん取っていないと答えたが)、途中でVISAについて聞かれるところではEXEMPTIONを選んだらうまくできたようだ。

VN920は予定よりボーディング開始がかなり遅れたが、飛び立ってからは順調にプノンペンに着いた。時間が短いこともあって、ミネラルウォーターだけが供給された。プノンペンではすべての荷物を持っていったん降りなくてはいけないのが面倒。アナウンスではtransfer areaに行けと言っているが、空港の建物に入るところに係員が待っていて、ヴィエンチャンまで行く人に呼びかけてTRANSITと印刷されたラミネートコートされたカードを配っていたので、これなら間違えることはなさそうだ。進路に従って行くと、普通のINTERNATIONAL TRANSFERのゲートがあって、手荷物検査も一々やるのだった。しかも、ここの係官が暇なのか、ここまで何も言われなかったポータブルプリンターとノートPCを手荷物から出してもう一度機械をくぐらせる必要があった。逆にベルトはピーと音がなったが別途係員が金属探知機でチェックしてOKとなったが。いずれにせよ、同じ飛行機に乗り続けるだけなのだから、そもそも降ろさなければ良いのにと思うが。

プノンペンの巨大な空港を歩いて23番ゲートに着くまで10分以上掛かったと思うが、既にファイナルボーディングコールが近かった。乗ってみると既に大勢の乗客がいたが、要するにプノンペンから乗る客を先に座らせてから、乗り続ける人を入れるという流れにしているようだ。機内アナウンスでわかったが、VN920はビエンチャンの次はハノイに行くそうで、つまり、ホーチミン→プノンペン→ビエンチャン→ハノイという巨大な周回ルートになっていることがわかった。だから復路はハノイ経由になるのか。

プノンペンからビエンチャンまで1時間余りだったが、軽食として卵サンドイッチとフルーツ(スイカ、パイナップル、ドラゴンフルーツ、パパイヤが一切れずつ)が出た。コーヒーも普通の味だった。

ビエンチャンのイミグレではeVISAではなくFOREIGNERのところに並んで結構順番を待ったが、online immigrationの認証画面を見せる必要もなく、ただパスポートを提示するだけで手続きが終わった(前に並んでいた人たちは結構時間が掛かっていたが)。荷物をピックアップした後は税関を通るわけだが、申告なしのところには係官さえおらず、スルーであった。

ホテルまでは空港タクシーのカウンターでFAMILY BOUTIQUE HOTELまでと言ったら7ドルで手続きしてくれたのは良かったが、ドライバーがMEMORY HOTELと勘違いしたらしく、全然違うところで降ろされてしまった。違うと気づいたときには既にタクシーはいなくなった後であり、仕方ないので15分ほど重い荷物を引きずって歩いた。まあ良い運動になったかもしれない。

agotaで取っておいたFAMILY BOUTIQUE HOTELのチェックイン自体はスムーズで、近くのコンビニでサンドイッチを買ってきて食べた。明日は6:30集合なのでそろそろ眠っておくべきかもしれない。

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Correspondence to: minato-nakazawa@people.kobe-u.ac.jp.

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