Latest update on 2021年7月4日 (日) at 18:43:39.
もって当然の疑問と思います。
自治体での接種は予防接種法第6条第1項または第2項に基づくもので,厳密に言えば任意ではなく勧奨接種で市民は接種を受ける努力義務があります。定期接種A類と同様です。だから無料だし,健康被害が起こったら補償を受けられます(定期接種A類は実費徴収可ですが)。(以下リンク先厚労省資料参照)
- https://www.mhlw.go.jp/shingi/2010/02/dl/s0209-4c_0003.pdf
- https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000680223.pdf
医療従事者対象の接種は別枠で,特定接種になりますが,やはり勧奨で努力義務ありです。
企業での接種は経産省あたりからの要請で,経済を早く回すために特例で行われているので,たぶん任意です。これを無料でやるのは変な気もするのですが,自治体の負担を減らし迅速な接種を進めるためという大義名分で政策実装されてしまったものと思います。なので,企業での接種については整合性がありませんが,現在の日本政府は,時々こういう強権を振るいます。(この段かなり主観ですが)
なぜ予防接種法に基づく臨時接種や特定接種が勧奨にとどまっていて強制でないかというと,歴史的経緯があります。かつて予防接種法に基づくインフルエンザワクチンの学童集団接種を含め,現在のA類に当たる一類(つまり蔓延防止を目的とした接種。B類は高齢者の重症化予防が目的です)の定期接種を受けることは義務でした。
https://www.mhlw.go.jp/stf2/shingi2/2r9852000000s2dr-att/2r9852000000s2kz.pdfに詳しく書かれていますが,接種事故や副反応に対する訴訟が相次ぎ,健康被害補償を手厚くしたものの,インフルエンザ予防接種について学童にはほぼ効果が無いとする「前橋レポート」が大きなきっかけとなり(なお,後に西浦さんが,『インフルエンザ21世紀』という本で瀬名秀明さんのインタビューに答えて,数理モデルによると学童自身の罹患が防げなくても高齢者の超過死亡を減らす効果はあったはずと指摘していますが),平成6年(1994年)インフルエンザを蔓延防止のカテゴリから高齢者の重症化予防のカテゴリに移しただけではなく,それまで蔓延防止を目的としていた接種すべてを義務から勧奨に変えてしまいました。
本当は全部勧奨にするのではなく,麻疹と風疹は定期接種の中でも義務で残すというような方法もとれたと思いますが,このとき以来,日本では予防接種を義務にできなくなってしまったのです。
厚労省が事故や副反応や訴訟を起こされることをここまで嫌うのは,その少し前,血友病患者に投与した血液製剤によるHIV/AIDS感染について,厚労省が不作為の責任を問われて世間の批判を浴び,訴訟によって巨額の賠償をしなくてはいけなくなったことも関係しているかもしれません。(この段もかなり主観です)
COVID-19のワクチン接種を義務化するには,予防接種法の改正が必要です。現在の政権は職域接種のような人気取り,あるいは経済を回すことにつながる個人の権利を制限しない政策については時折強権発動しますが(アベノマスク配布にも法的根拠がありません),社会防衛のための公衆衛生政策についてまで閣議決定だけで強権発動されることになってしまうと政府の強制力に歯止めが掛からなくなり,極端な話をすると政府が戦争をしようとしたときに国民総動員すると閣議決定することも許されてしまいます。
なので,社会防衛のための政策実装は法律に基づくことと,その法律が違憲でないことは,民主主義の砦として崩すわけにはいきません。
あと1つ懸念があり,これまでにわかっている限りでは,ファイザーやモデルナのmRNAワクチンは有効性も高く有害作用も許容可能なレベルであることがほとんどですが,mRNAワクチンという技術自体がきわめて新しいものなので,これまでの臨床試験や世界規模での接種経験や動物実験では大丈夫そうだと考えられていますが,数年以上の長期的な影響や経世代影響があるかどうかについてはデータがありません。これは今後の時間経過を待つしかありません。
おそらく可能なやり方としては,予防接種法を改正して義務接種の枠を作り(当然,健康被害への補償も勧奨より手厚くしなくてはいけません。副反応や接種時の事故による健康被害がゼロということも人間がやることである以上,ほぼありえないので),麻疹や風疹の予防接種をその枠に入れてから,COVID-19の臨時接種は勧奨の枠と義務の枠とどちらが適切かを予防接種審議会などで審議して,義務に入れるべきと決められなくてはいけません。
もう一つ論点があって,コロナウイルスはインフルエンザウイルスと同じく,感染初期には鼻腔や上気道の粘膜で増殖します。ワクチンによる抗体は血液中にできるものなので,粘膜での増殖はあまり防げません。肺胞で増えることは防げるので発症は防げますが。COVID-19は無症状のときに感染させる例が半分なので,粘膜経由で発話の際のマイクロ飛沫に乗って他の人に感染するかもしれません。ワクチン接種によって発症予防ができ,医療機関への負担は減らせますが,蔓延防止効果は完璧ではありません。だから,ワクチンだけですべてが解決するのではなく,NPIsも組み合わせなくてはいけないというのが世界のガイドラインになっています。
それも考えると,予防接種法を改正しても義務化できるかどうかは難しいところです。以上のことをみんなが知った上で広く世論の支持が得られたら法改正を経て義務化できるかもしれませんが,それまでは現在の「勧奨」「努力義務」で仕方ないと思います。
ただ,少なくともテレビなどメディアが任意任意と強調するのは間違っているので「勧奨」「努力義務」であることを広めるべきと思います。
最大の理由は,職域接種が不公平だからです。中小零細企業従事者や自営業者は申請できないわけです。
感染拡大防止のためにも自治体単位で行う面的な接種の方が有効と考えられ,ワクチン接種によって発症・重症化・死亡のリスクを下げる対象として重要な高齢者への接種が終わっていないのに,職域を先行させるのは経済活動再開のためとしか考えられません。感染症対策として優先順位が理に適っていません。
とはいえ,神戸大学は申請してしまうので,そこで受けないで市の接種を待つと頑張るのも,神戸大学が接種済み前提で何かのアクションをするときに困ると思うので,自分が職域接種を拒否するわけではありませんが。
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