Latest update on 2018年3月7日 (水) at 15:42:47.
- O'Conner KA, Holman DJ, Wood JW (1998) Declining fecundity and ovarian ageing in natural fertility populations. Maturitas, 30: 127-36, doi:10.1016/S0378-5122(98)00068-1, PMID: 9871907.
- Wood JW (1989) Fecundity and natural fertility in humans. Oxford Reviews of Reproductive Biology, 11: 61-109, PMID: 2697833.
- Bendela JP, Hua C (1978) An estimate of the natural fecundability ratio curve. Social Biology, 25: 210-227, doi:10.1080/19485565.1978.9988340, PMID: 749209
中澤です。ご返事遅くなって失礼しました。なかなかお答えするのが難しい項目もあり,十分なお答えになっていないかもしれませんがご容赦ください。
この話の背景には,近年の妊娠・出産において生殖補助医療が占めている割合の増大があります。公的な資料としては,例えばhttp://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r985200000314vv-att/2r98520000031513.pdfを見るとわかります。
医学のあゆみに林玲子さんが最近書いた「生殖補助医療の人口学的インパクト」もわかりやすいかもしれません。
生殖補助医療に携わっている産婦人科医は,40歳を過ぎてから突然不妊治療に来る人に対して,40歳を過ぎると受精もしにくいし早期胎児死亡の確率も高いので成功の確率が低いという説明をするのも心苦しいし,説明を受けたときに,そんなこと知らなかった,もっと早く知りたかったという人があまりに多いので,心を痛めているのだそうです。だから,国民一般に妊娠に関する知識をもっともってもらいたい,という強い思いは,たいていの生殖補助医療にかかわる専門家はもっていると思います。
日記に書いたとおり,月経時に受精能力のある卵子が排卵される確率(産後授乳期間を含む無排卵性月経ではなく,かつ卵子に異常がない確率)や性交頻度や精子の運動能力や着床確率,早期胎児死亡のしにくさといったことを,すべてひっくるめて,女性が認識する「妊娠のしやすさ」と表現したと考えれば,嘘ではないと思いますが,確かに誤解されやすいと思います。表現をやわらかくしようとして,かえってわかりにくくなってしまっている気がします。
かつて人口大事典に書きましたが(*草稿を添付します),この話をきちんと理解してもらうには,こんなに短い紙幅では足りません。
*中澤 港 (2002)「13-I. 生殖のメカニズムとヒトの生殖戦略」In: 日本人口学会編『人口大事典』,培風館,東京,pp.477-481.
*中澤 港 (2002)「13-II. 妊孕力の遺伝要因と環境要因」In: 日本人口学会編『人口大事典』,培風館,東京,pp.481-486.少なくとも,O'Conner98(あの論文自体,Fig.3は引用しているだけで,バングラデシュでの調査データの分析がメインテーマですから,Fig.3の引用元として不適切で,Fig.3の元であるWood89か,教科書からの引用はよくあることなのでWood94の方が適切と思いますが)のFig.3を引用するなら,apparent fecundabilityという縦軸のラベルは消すべきではありませんし,その定義をきちんと書くべきと思います。重要なのは,このグラフが,台湾のデータと北米ハテライトのデータを合成したモデルではありますが,避妊をしていない既婚カップルからの聞き取りデータに基づいて計算された「見かけの受胎確率」だということです。ですから,もしこのグラフを出すなら,「見かけの受胎確率」を正しく説明しなくてはいけないと思います。
鵯記に書いた程度のことなら高校生にも理解できるのではないかと思います。
受胎確率は(かつて受胎能力という訳もあって,ぼくも不用意にその訳を使ってしまうことがあって誤解のもととなったのですが)「能力」ではありません。
Woodの本のChapter 7(Google booksで読めるようですが)のTable 7-1とかTable 7-3をみれば,集団間でかなりの多様性があることが一目瞭然ですし,性交頻度や無排卵性月経の割合,早期胎児死亡など文化や環境によって変わるので(これらは普通,先進国と途上国では違います),内閣府の回答は,この件に関しては的外れです。
本来は日本のデータであるべきです。が,日本には信頼できる大規模調査がありません。
社人研の出生動向基本調査の夫婦調査で調べていればいいのですが,項目一つ増やすのも大変なことだそうで,予算もそんなについていませんし,難しいようです。
受胎確率を求めるには,原則としてfecund waiting time to conceptionのデータが必要なので,ワンショットでなく,コホート研究が必要になります。
出生動向基本調査は横断的調査なので(14回やっているので経時的変化の傾向なども論じることはできますが,毎回違う対象をサンプリングしているのでコホートではありません),今のままでは,この目的には使えません。
比較的新しい先進国のデータとしては,疫学の第一人者であるKenneth Rothmanが書いた論文があります。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3672329/
デンマークの一般の人々を対象として2007年から始まったコホート研究のデータなので,このデータを元に作図する方が良いと思います。
あのグラフの解説としては,「妊娠する力」→「見かけの受胎確率」でなくては適切ではありません。
Fig.7.10は,生データに基づくのではなく,ある仮定のもとで構築されたモデルです。数学的に高度な内容が含まれるので簡単には説明できませんが。
「妊娠のしやすさ」が生殖補助医療によらず,子供が欲しいと思っている夫婦が普通に暮らしていて妊娠し子供をもてる可能性を意図するならば,縦軸のラベルを見かけの受胎確率にする(あるいは,むしろ有効受胎確率のグラフを使う)ので良いと思います。Rothmanが示しているデータの方が良いと思いますが。
林さんの文章にもありますが,高校生に知識を伝えることは必要と思います。
高齢になってから生殖補助医療を受けても子供をもつことが難しいことに気づいて後悔するという悲劇をへらすためには,正しく紹介すればグラフを出してもよいと思います。
このグラフ【注:Wood (1994) Dynamics of Human Reproduction. Aldine de GruyterのChapter 7のFigure 7.10,あるいはWood JW (1989) Fecundity and natural fertility in humans. Oxford Reviews of Reproductive Biology, 11: 61-109のFigure 2.13】は数学的に高度なモデルに基づいているので,わかりやすく説明することは難しいです。モデルから計算した総受胎確率のグラフであり,これも「妊娠しやすさ」とは言い切れません。
妊娠しやすさではなく性交頻度が下がらないと仮定した見かけの受胎確率ですが,このモデルではそうです。
妊娠しやすさではありませんが,性交頻度の影響が見かけの受胎確率に強く出るのは当然のことです。
O'Conner98は22歳時の見かけの受胎確率を1とした相対値です。
0.4とか0.3は見かけの受胎確率そのものです。
【0.4とか0.3が何と比較したものかという問いに対して】
比較はしていません。避妊をしないカップルが1月経周期当たり,自然に妊娠を自覚できるまで胎児が生きているような妊娠をする確率そのものです。
違います。
【Maximal Exposureが毎日性交した場合かという問いに対して】
だいたいそうですね。ただ,これはモデル上の仮定で,受精機会の損失により妊娠しない可能性をゼロとするということなので,毎日というデータに基づく計算ではありません。
モデル上の意味はだいたいそうです。
【以下中澤のプロフィールについての問い】
構いません。
この内容は生物人口学なので,人口学か人類生態学が適切と思います。
複数書いていいときはそれら4つの専門を書いていますが,1つに集約するなら「人類生態学」はすべてを含んでいます。しかしあまり世間で知られていない専門分野なので,それでは具合が悪いなら,人口学でも構いません。
いいえ。当時中澤は東京大学助手で,既に博士号はもっていました。
文部科学省の在外研究員という制度で,助手の身分のまま,海外で研究させてもらったのです。Wood教授は受け入れ教員でした。ペンシルヴェニア州立大学(Pennsylvania State University)です。
Kathy O'ConnerとDarryl Holmanは当時Resaerch Associate(ポスドク)としてWood研究室にいましたが,O'Conner98が出たときは,既にDaryylとKathyを中心としたラボグループは丸ごと(Wood自身と一部のフィールドワーカーを残して)ワシントン大学に移っていました。
彼らは鵯記にも書いたように女性のreproductive life courseを解明するという壮大なテーマに取り組んでいて,バングラデシュや米国で集めた尿サンプルの性ホルモン分析や,聞き取りデータの数理モデルによる解析をしていました。
中澤はパプアニューギニアのギデラという人々を対象にして女性の出産歴の聞き取りと尿サンプル(濾紙に垂らして乾燥させたもの)を集めていたので,それを持って行って分析させてもらいました。性ホルモン分析はELISAでやるのですが,必要な抗体が日本では高価で,ペンシルヴェニア州立大では自分たちでウサギとマウスを飼って作っていたので,安価に使うことができました。
なので,一緒のラボで研究していましたが,分析対象のサンプルがまったく違います。ミーティングなどでディスカッションはしていましたが,他にもそういう研究者はたくさんいて,その程度では共著者にはなりません。
【不本意だろうというコメントを使うことに対して】
それは構いません。実は以前にも(グラフの形が変わったりはしなかったようですが),研究の内容が誤って使われたことはあったそうです。
お疲れ様です。
意図が伝わらなかったようで残念です。新聞記事が載った後であればコメント解禁ということだったと記憶しているので,新聞を拝読してからネットにコメントしようと思います。
仮に「妊娠しやすさ」について論じたいのだとしても,あのグラフの縦軸は「見かけの受胎確率」なので,本文で「妊娠しやすさ」の指標として「見かけの受胎確率」を使うということと,「見かけの受胎確率」とは,本人が妊娠に気づかないうちに流産してしまう「早期胎児損失」も含んだ受胎確率のことで,受胎確率とはGiniが「出産抑制がない既婚女性が1ヶ月で受胎する確率」と定義したのが始まりで,性交頻度や早期胎児損失や授乳による産後無月経など(意図的避妊以外の)すべてをひっくるめた,社会経済・文化・環境などによって集団ごとに多様な値を示す指標値だと説明した上でグラフの縦軸は「見かけの受胎確率」とすればいいので,グラフの縦軸を「妊娠しやすさ」としたり「妊孕力」としたり(有村大臣が使ったグラフはそうだったとtweetされていますが)するのは不適切です。グラフの引用のルールを教えることも高校生に対して重要な教育だと思いますが,いかがでしょうか。
ちなみにネット上ではまだ誤解している人も多いと思いますが妊孕力はfecundity,受胎確率はfecundabiiityで,専門用語としては区別されます。
妊孕力は,生物学的に可能な出生力の最大値という「概念」で,Bongaarts (1978)は,TFRが妊孕力から性交頻度や栄養状態などによる非意図的成分,意図的な出産抑制成分,非婚による成分を除いたものになる,とモデル化していますが,厳密な操作的定義はありません。受胎確率は操作的定義があって,コホート研究による調査結果を分析すれば数値が出てきます。
この2つも混同してはいけないと思います。
「妊孕力」はそもそも,意図的な出産抑制がない集団でも女性が一生のうちに生む子供数(完結出生児数)が北米ハテライトでは10前後,パプアニューギニアのガインジュやアフリカのサンでは5前後と大きな違いがあるのはなぜか? という考察から,「意図的な出産抑制」というカップルがコントロールできる社会文化的因子を除去しても各集団によって生物学的な「妊孕力」が違うから完結出生児数にも違いが出るのだ,という説明から出てきた概念です。
妊孕力の文脈では産後授乳期間の長さによる無月経期間の長さやタブーによる性交禁止期間の長さも,各集団の性質であって,カップルがコントロールできない要因なので,「生物学的」とみなされます。しかし世間ではそう思っていない人が多いようです。
「妊娠しやすさ」は「妊孕力」以上に操作的定義もモデルもない(そもそも専門用語ではない)ので,何を意味するか読み手によって受け取り方が違います。
人類という生物であれば古今東西を問わず一定な種としての能力と受け取る人もいれば,実際の生活の中での(人についての研究データはほぼすべてそうですが)社会経済・文化・環境などによる影響を受けて集団によって多様な可能性があるとイメージできる人もいます。説明無しに使っては誤解の元にしかなりません。
概念を操作的定義をもった尺度で代表させなくては実証研究ができないということ自体,高校生が知っておいた方が良いことだと思います。
紙幅の都合ということであれば仕方ありませんが,是非今後,グラフの引用ルールを教えることの重要性や,実証研究をするためには概念を操作的定義をもった尺度で代表させる必要があるということもお伝えいただきたいと思います。
△Read/Write COMMENTS
▼前【1097】(原稿を書き上げてから採点の続き(2015年9月1日) ) ▲次【1099】(長野へ移動(2015年9月3日) ) ●Top