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2018年2月のミクロネシア連邦ポンペイ島往還記

Copyright (C) Minato NAKAZAWA, 2018. Last Update on 2018年3月7日 (水) at 15:45:03.

【第4日目】 この日もいろいろ打ち合わせの後,蟹をご馳走になった(2018年2月14日)

6:00前に起床し,シャワーを浴びてから階下へ。

フレンチロールと野菜オムレツの朝食この日の朝食もジョイホテルのレストランで,コーヒーとフレンチロールと野菜オムレツで朝食を済ませた。

昨日の約束通り,9:00にミクロネシア短期大学に行って打ち合わせ。ここで協力していただくJICAのAさんはシニアボランティアらしいので40歳は過ぎているはずだが,とてもそうは見えない若々しい方で驚いた。今回はFFQを作るための予備調査的な位置づけで,摂食量を把握するために主食の秤量もしてもらうし,写真も撮ってもらうという計画になっている。その際に食事を載せる容器については,直径26cmくらいの平皿と,ココナツミルクのスープを入れるための小さめの深皿の2枚を用意すれば良いだろうということだった。ただし,授乳婦にたくさん食べさせる風習があるので,一食の中でも平皿を複数回使う可能性があるということで,その場合は皿を一度使うごとに写真を撮ってもらう(食べ残しがある場合は食後にも)ことにした。5日分の記録をしてもらうため,39枚撮りの写ルンですを配ることにしていたが,それでは足りない可能性があると自己申告した人には27枚撮りの写ルンですを追加で配るということであった。皿はとある店でキープされているはずだったのだが,何かの手違いでなかったので,後で時間をみて探すことになった。写真を撮るときには,仮に皿を忘れても食べ物の隣に4色ボールペンを置いて大きさがわかるようにすることを徹底してもらうようにプレゼンする計画とのこと。しかし俯角45度から60度で撮影するとか,キッチンスケールに小皿をおいてTAREしてから主食を載せて表示値を記録するとかいったことを,実演付きで説明しても,この島の一般主婦がどこまできちんとやってくれるかは未知数だ。

聞いた話で面白かったのは,昔は実家の家族から嫁に食わせてないと嫌味を言われないために,嫁ぎ先の家族は無理矢理嫁に食べさせていたということと,それでも今は若くして高血圧とか糖尿病になっている人が多いことはわかっているので,食事調査の結果食べ過ぎであれば主食を減らせという食事指導をしても受け入れられるだろうということだった。WHOは食事調査によくServingsという単位を使うが,たぶんわからないだろうという話も出た。プロジェクトの目標は使える記録用紙を作ることも含んでいるので,もし今回の用紙では不適切だという点が判明すれば,それ自体結果として価値があるわけで,自由にコメントを書ける欄を作ったら良いのではないかと提案した。調査は金曜10:00スタートということを確認して打ち合わせ終了。

次にJICAオフィスに行き,所長といろいろ打ち合わせ。もっともぼくは3つの小学校対象のJICAプロジェクトではなくて食事調査対象の科研費の分担研究者として来ているので,ここでは専ら聞き役に徹していた。火曜の早朝にポンペイ出身の元大統領が亡くなったので,葬式で休日が設けられるかもという情報は気がかり。金曜が休日にされてしまうと大変困る。もっとも,「元」だからたぶんそこまでの大事にはならないだろうという話だったが。帰り際の雑談で,美味しいシナモンロールが売られている店の情報も得たので,後で時間をみて食べてみようということになった。

その後,海の近くの見晴らしの良いレストランで昼食をとってから(ハムチーズ入りチキンカツが大変に美味だった),昨日行けなかった,ちょっと離れた小学校に行って打ち合わせ。芝に覆われた広い校庭で素晴らしかった。そこから保健局に移動し,15:55から3つの小学校の代表や保健局の人たちを交えた打ち合わせ。PTA役員会もそうだったが,PNGやソロモン諸島と同じくここもキリスト教徒が大半を占める土地なので,集会の前には必ずお祈りがあるのが面白い。フランシスコ氏の仕切りで,具体的な計画やプロジェクト教材についてどんどん決まっていくのは素晴らしい。それと同時に予想される問題点も各学校の先生から積極的に意見してくれるのも凄い。これは12月に日本に招待して講義をしておいた成果だろうと思われる。なるほどJICAは(というか,水元先生は,というべきか)こういうステップを踏むのかと,大変参考になった。初回プログラム実施で見込まれる参加者が若干当初予想より少なそうという話だが,徐々に広めていけば良いのだと思う。

その後,フランシスコ氏の家に晩飯に招待されていたので車で移動したのだが,コロニアとはほぼ島の反対側に位置していて,この距離を毎日車で通勤しているフランシスコ氏は大変だろうと同情した。ぼくもかつて長野から東京へ3年間と長野から群馬へ8年間の新幹線通勤をしていたので,長距離通勤が体力的にしんどいことは想像がつく。もっとも,あの頃は若かったし,新幹線には乗っているだけで移動できるから,車を運転するよりはずっと楽だったと思う。たぶんぼくと同じくらいの年齢だと思われるフランシスコ氏がこの生活をしているのは凄いと思う。家の近くでクリニック勤務の医師をしている奥様への愛ゆえだろうか。ポンペイ島はPNGのウェスタン州やソロモン諸島に比べれば圧倒的に道は良いけれども,それでもあの距離を毎日運転するのは辛かろう。でも,新築したばかりのとても綺麗な家だったし,大きな蟹を茹でたものや,サカオもご馳走になり,素晴らしい経験だった。とはいえ,22:00頃にホテルに帰り着いたら疲れ果てていて倒れるように眠った。

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