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【第2092回】 現場を見る難しさ(2026年5月28日)
- 今日は六甲で会議と講義なのだが、出勤前にモーニングショーを流していたら、文部科学省の「同志社国際高等学校の研修旅行等について(これまでの把握事項と文部科学省の見解)」の話がされていた。文部科学大臣が教育基本法第14条2項違反と発言した件の関連で、2015年の山口県議会での自民党議員の発言が取り上げられていたが、あれはディベートという教育手段を否定したということであってチャンチャラおかしい話で話の次元が違う。文部科学省のサイトの文書の主旨は学校保健安全法違反という点については疑いの余地がなく真っ当な指摘だと思う。生徒の課外学習において、十分な安全配慮は学校側の重要な義務だろう。もちろんいくら配慮して準備をしても事故が起こる可能性はゼロではないが、文部科学省サイトの文書を読む限り、安全配慮努力が十分になされていたとはいえない(安全性が確保できない場合は、大学生や大学院生の海外研修でも渡航許可しないのが普通だ)。一方、「3.教育活動の状況について」のところでのロジックは雑だと思う。これだと、参与観察という体験学習方法自体の否定になってしまう。抗議船に乗ったからといって、生徒に抗議活動をさせたわけではないので、政治活動をさせたことにはならない。現場を見なくてはわからないことは多々あるので、『基地建設と、それに反対する人が対峙する「現場」を見ること」』自体には平和学習として他では得られない価値があると思うし、斎藤幸平さんが言われていたように、完全に中立な立場での見学が可能ならば理想だろう。
- しかし実はここに大きな問題がある。紛争や対立がある現場において、人類学などの研究者が参与観察を行う際に、完全に中立な立場であろうとすると巻き込まれる可能性が高い問題として出くわすのだが、どちら側からも相手のスパイであると疑われて排除され、場合によっては命の危険に曝されることさえあるということだ。いわゆる参与観察までいかなくても、紛争現場の中立な観察は、きわめて専門的な高いスキルがないと不可能である(ジャーナリストにはそれが期待されているわけだが)。途中までは両方の側から中立な観察者として信頼してもらうことは可能であっても、あるところから仲介者あるいは解決者としての役割を期待され、双方が自分の味方と思っているわけだから、意に沿わないことを少しでも伝えたら最後、スパイ扱いになるのは、良くあることだ。これに加えて、辺野古の問題の場合は、国という公権力が行う事業と、それへの抗議団体という対立構図なので、中立な観察者であっても、仮に公権力に不都合な事実を観察してしまった場合に、公表するとか意見表明するといった何らかのアクションを起こした瞬間に、抗議側に有利な行動となって公権力側から圧力を受ける可能性が高いという構造的な制約が存在する。中立のように見える見学ルートであっても、公権力が見せたいものしか見えないという話は、北朝鮮の外国人向けの見学などでもよく聞く話である。文部科学省は公権力側であり一方の当事者の一端を担っているので、第三者的な法的判断の主体としては不適切だと思う。斎藤幸平さんは自分は左翼の立場から発言しているという立ち位置を明らかにしていたが、左右ではなく、むしろ人類が共有できる価値観として、人道主義の立場からの観察とか考察とか発言をするところにしか解決の糸口はないように思う。
- 以上雑なメモだが(後でちょっと推敲して文章を直した)。
- ドラゴンズがイーグルスに2-1で勝って交流戦3連勝。
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