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2009年2月のソロモン諸島調査

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【第3日目】 まさかこの日が村で最後の水浴びができる日になろうとは(2009年2月17日火曜)

6:30起床。まだ雲が残っているが,何とか村を回るくらいはできそうだ。ぼくらが住んでいる家のオーナーが作った,村に唯一のトイレ(深い穴を掘って底を抜いたドラム缶を埋め,和式便器を置いてセメントで固めたもの)の壁の一方と屋根が壊れたままで,しかも誰も使わないので(村人は海岸でとかココナツブッシュの中で用を足すのだ)水すら用意されていない状態なのだが,何とか使えそうだった。こちらの人はとても察しがよくて,使っているといつの間にか水が用意されたりするのだが,この朝はまだ水がなかった。まあ,できるだけ小便で流して,あとはトイレットペーパーで上から押し込んでおけば,とりあえず問題はない。こちらの食事に慣れてくると非常に便の切れが良くなるので,そもそもあまり拭かなくても良くなってくるのだが,村人はきっとそうなんだろう。トイレットペーパーを使う人は稀で,普通はココナツの実の外側の繊維をほぐしてトイレットペーパー代わりに使っているが,これで軟便だったら大変だろう。1995年に来たときは,まだこのトイレはなく,ぼくもココナツブッシュ派だったのだが,その後できて助かっている。こういう生活習慣はなかなか変えがたい。

Tuesday's breakfast

6:50頃,T嬢が沸かしたてのお湯を詰めた魔法瓶とビスケットを持ってきてくれた。今日の朝食ということらしい。コーヒーが美味いので悪くはないのだが,やはりビスケットよりもクマラの方が美味いと思う。たとえ冷えていてもだ。しかし昨夜FさんとE氏も含めて4人でイモ類を食べつくしてしまったので,今朝はまだイモ類がなく,ビスケットになったようだ。

食後暫くのあいだF君と計画打ち合わせをしてから,JCN氏に頼んで,村々を回って現在人口を確認するのと健診の宣伝をするのに付き合ってもらった。まずはカイオ村から回り始めた。ここには数年前に町から移り住んできた一家もいる。彼らはカパーハウス(屋根がトタンで,きちんと製材した材木を使って建てられている家で,金持ちでなくては作れない)に住み,顔立ちもずいぶん違っていたりするし,電池で動く玩具なんかも随分持っているが,健診への関心は他の村人と同じだ。歩いたら2時間かけないと診療所に行けないところなので,それも当然かと思う。ちょっと離れた場所に昔から住んでいる人たちにも,明日から4日間,いつもの健診でマラリアと高血圧と糖尿病を調べるよ,と宣伝した。本当は糖尿病を調べるためには朝食抜きで来て欲しいところだ。あるいはHbA1cをフィールドで測れる(つまりバッテリー駆動できてチップが常温保存可能でそんなに高価でない)道具があればいいんだが。Bio-radのMicromat IIというのはどうなんだろう?

次のケピ村に行く途中には大きな水溜りがあって,どうしてもその中を突っ切る必要があった。予想していたことなので,靴下を脱いでサンダル履きになり,ズボンの裾を捲り上げて渡った。昼間はハマダラカはほとんど活動しないので,靴下を脱いでいても大丈夫なはずだ。ケピは相変わらず建築作業をしている人が多く,カパーハウスも多い。養鶏で儲けてカパーハウスをいくつも建てた人がいるのであって,誰もが金持ちというわけではないようだ,それでもなお,相対的に他の村より物質的に豊かな印象を受けた。しかし村の端にはキリスト教の宗派が(他ではほぼ100%がAnglicanなのだが)SDAの家族がいたり,30代の奥さんが病気で急逝してしまって,大勢の子供の面倒を見るのが大変なので,出身地のサボ島から両親を呼び寄せて,当面いてもらっているという男性がいたり,いろいろと複雑な状況もあった。

Tuesday's lunch

いったんカイオとケピの間にある教会の近くまで戻って,そこから北に向かった。途中小川を渡渉しなくてはならない場所があったが,さっきの水溜りよりは楽だった。コムベンベとササピとスマの住民への聞き取りと健診の宣伝をおわらせたところで昼になったので,いったんバンバラに戻ることにした。案内に立ってくれているJCN氏も相当な高齢なので疲れたようだし,ちょうどいい頃合であったような気もする。昼食も用意されたばかりのようだった。昨日ホニアラのマーケットで買ってきたというカツオをスリッパリーキャベツと一緒にココナツミルクで煮込んだものを白いご飯にかけて食べると,カツオの旨みがじわーっと口の中に広がる。キュウリのスライスまで付いてきた。完璧だ。

食後,水浴びに行った。雨季のせいか,水浴び場の水量が多く,澄んでいるのが気持ちがいい。ベトベトの頭を石鹸で洗い流したら,とてもさっぱりした。ただし,ここは男の水浴び場だったはずなんだが,途中で近くの中学の女子生徒がやってきたのには驚いた。パンツをはいたまま水浴びしていて良かった。彼女たちは男の水浴び場にやってきたわけではなく,すぐそばにある湧き水のところに来たらしかったが,向こうからは見ようと思えば丸見えな場所であり,恥ずかしかった。

村に戻ってきてから,やや涼しくなる夕方までは休んでおくべきだというJCN氏の忠告に従い,17:00まで蚊帳の中で横になっていた。暑くて眠れなかったが,身体と頭を休めることはできたと思う。17:00頃にのそのそ這い出し,JCN氏を連れてオミに向かった。ここでも澄んだ水の小川を渡渉しなくてはならなかったのだが,実は底が泥質で,下手なところを踏むとズブズブ沈んでしまうのであった。うまく倒木の上などを見つけて踏み渡れば,何ということもないのだが。

オミは3つくらいの部分に分かれていて,超高齢のおばあちゃんが息子と2人で住んでいる一角と,比較的若い世代が数世帯固まっているところと,"Village Microscopist"を自称する初老の男性のカパーハウスを中心に数軒の家が建っているところがある。この順番に回って人口の聞き取りをしながら明日からの健診に誘ったのだが,最後の"Village Microscopist"のところでは酒盛りが行われていて弱った。ほろ酔い加減の彼は,お母さんがガンで亡くなったばかりで,マラリアや高血圧や糖尿病の健診もいいが,ガンは見つからないのかとか,昔はクロロキンを1000錠まとめて村に残しておいてもらえたので便利だったが,最近はどうして陽性者に直接配る分しかくれないんだ,とか答えにくい質問をしてきた。最初の質問には,指先採血や採尿から調べられるガンマーカーもないわけじゃないんだが,ポータブルの機器で安くスクリーニングできるようなものは残念ながらないと答えるしかなかったし,後者の質問には,投薬はSIMTRI(というかガダルカナル州保健省)の領分で,その標準的な治療をしてもらっているので,確認してみるが難しいんじゃないかと答えておいた。薬をまとめて預けると,それを使って商売を始めたりする可能性もあるし,そうなったら不公平感が蔓延して非常にまずいと思われるので,仮にまとめて預けることが可能であるとしても,この"Village Microscopist"氏にではなく,村々のリーダーの合意を取り付けた上で,長老の誰かに預けるしかなかろう。以前は伝統的チーフとヴィレッジリーダーを同じ人が兼ねていたので,彼を信頼することができたが,数年前に糖尿病が悪化したせいか亡くなってしまって,それ以来,村の意思決定構造が大きく揺らいでいて,この種のことを決めるのがとても難しいのだ。

ブッシュの中を通ってメインの道路に出て,そこからコイロとログに行って,畑から帰ってきて晩飯の支度に忙しく働いている人たちを相手に,聞き取りをしながら健診へのリクルートをやってきた。途中暗くなってきたので,フラッシュライトで手元を照らしながら聞き取りを終えたのは,19:30を過ぎていたと思う。

Tuesday's dinner

今回も帰ってみると食事の用意ができていた。素晴らしい。シダ類の葉っぱとトマトのスープとサツマイモとキャッサバという伝統的な(米とラーメンが来る前の,という意味で)ものだったが,美味だ。ココナツ風味のスープがいい。

食べ終わった後は,S氏とかJ氏とかJCN氏とかが集まってきたので四方山話。J氏によると,隣村に高い塔が建てられていて,そこにDigicelという会社の中継アンテナを設置するのだそうだ。電源はソーラーで大丈夫だという。F君の説明によると,Digicel社はPNGでプリペイド携帯電話事業を最近大々的にやっている会社だそうで期待がもてそうだ。けれども,日本に帰ってから検索してみたところでは,2006年くらいから参入を検討しているのだが,Solomon Telekomに訴えられて上級審中だそうだ。こういうのこそ市場に任せておけばいいいのにと思う。J氏が話題を振ってぼくらが答えるという形で22:00過ぎまで話していたが,次の日から健診を始めるということで眠った。

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Correspondence to: minato-nakazawa@people.kobe-u.ac.jp.

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