最終更新:2019年2月13日(水)
書名 | 出版社 |
イントゥルーダー | 文藝春秋 |
著者 | 出版年 |
高嶋哲夫 | 1999 |
中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website
世界一高速なスーパーコンピュータを作ったことによって東洋電子工業というベンチャー企業を一部上場企業に発展させ,今も社運をかけて最高のスーパーコンピュータ開発に挑む研究開発部長にして副社長,羽嶋浩司という男が主人公として活躍する,サスペンス小説である。1999年のサントリーミステリー大賞と読者賞のダブル受賞作であることからわかるように,映像化したら映えそうな名シーンや名台詞が続出し,一気に読めてしまうこと請け合いである。
物語の発端は,25年前に自分のところを飛び出して別の男とパリに行ってしまった同棲相手の女性から,実は別れたときに妊娠していて,今や成長して優秀なコンピュータ技術者となった息子慎司が,車に轢かれて意識不明の重体だという連絡を受けるシーンである。息子のことを知ろうと思っていろいろ調べてゆくうち,彼が自分に憧れてコンピュータ技術者の道を歩んでおり,しかも超優秀だったことがわかってくる。そのうち,主人公の心のうちに父親意識がめばえてくるのだが,なかなか慎司の実像がつかめないでいらいらする。そうこうしているうちに,刑事がやってきて慎司の体内から覚醒剤が検出されたという。息子をシャブの売人扱いされて怒った羽嶋は,なんとか自分の手で真相を究明しようと動き出す。と,意外な真相が立ち現れてくる。苦難の末に真相をつかんだ羽嶋はどうするのか? というのが,おおまかなストーリーである。たぶん,メインテーマは技術者の誠意と勇気,その伝承の尊さをいうことにあるのだと思った。父性というよりも,伝承といった方が直裁だ(もっとも,技術立国日本の自叙伝にでてくるような技術者の父性は,伝承そのものかもしれないのだが)。
サブテーマというか,このミステリを通じて作者が主張したかったであろう,もう一つのテーマは原子力開発と安全性ということである。この点については,やや理想主義的かと思う。原子力開発の二面性,対立構図がこんなのなら話は簡単なんだけど,現実にはもっと難しい。よかれと思っても,誠実であっても,危険を内包することは常に起こりうる。現実の問題は,むしろその辺にある。
一つ陳腐なのは,最高のスーパーコンピュータ開発とかいいながら,実メモリが720 MBしかないという設定である。いまどき,東京大学医学図書館に入っているスーパーミニコンのOrigin 2000だって実メモリ1.6 GBあるので,世界最高のスーパーコンピュータというなら,せめて1 TBでしょう? メモリが小さくても済むような計算を,ベクトル演算の速さが身上であるスーパーコンピュータにさせるというのは,筋が通らない。まあ,この辺は日進月歩なのですぐに設定が陳腐になってしまうのは仕方ないかもしれないが,書かれたのが3年前としてもこの批判は成り立つ。コンピュータ関係のディテールはいい線いっているのだが,詰めが甘いなあ。