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書評

最終更新:2019年2月13日(水)


旧書評掲示板保存ファイル/書評:『「社会調査」のウソ リサーチ・リテラシーのすすめ』

書名出版社
「社会調査」のウソ リサーチ・リテラシーのすすめ文春新書
著者出版年
谷岡一郎2000年



Jul 14 (fri), 2000, 17:15

中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website

最後に述べるように,ちょっと詰めが甘いというか,(丁寧に書くのが面倒になったのかもしれないが)記載が粗い点もあるが,基本的にはツボを押さえた良書と思う。

著者は,南カリフォルニア大学(http://www.usc.edu/)の社会学部でPh.D.をとった人で,犯罪学,ギャンブル社会学,社会調査論を専門としている。44歳の若さで大阪商業大学(http://www.daishodai.ac.jp/)の学長である。一匹狼的経歴ゆえ,気を遣う必要がないのか,変な社会調査を明快に斬り捨てていく語り口には澱みがない。菊地聡「超常現象の心理学」(書評はhttp://minato.sip21c.org/bookreview/oldreviews/20000106101710.html)とはまた違った意味で,マスコミがもっともらしく垂れ流す情報の質を評価できるようになるために(谷岡はその能力を「リサーチ・リテラシー」と呼ぶ)役に立つ教養書と思う。内容的には統計学や社会調査についてわかっている人なら当たり前の話が大部分だが,新聞のスクラップをマメにして変な話の実例を集めた点が偉いと思う。講義の資料にでもしているのだろうけれど。

目次をあげておこう(なお,もともとのタイトルは「数字の詐術」だったのだろうか? 目次にはそう書かれている)。

序章 豊かさ指標はなぜ失敗したか
「ゴミ」は「ゴミ」を呼ぶ/「豊かさ指標」はなぜ失敗したか
第1章 「社会調査」はゴミがいっぱい
学者が生み出すゴミ/政府・官公庁が生み出すゴミ/社会運動グループが生み出すゴミ/マスコミが生み出すゴミ
第2章 調査とマスコミ-ずさんなデータが記事になる理由
垂れ流されるゴミ/記事のための調査/印象操作のテクニック/チェック機関の必要性
第3章 研究者と調査
華麗なる学者の世界/ノーデータ,ノーペーパー/データを公開できぬわけ/学者の論文を格付けしよう
第4章 さまざまな「バイアス(偏向)」
人は忘れる,ウソをつく/「モデル構築」はバイアスの巣/見せかけの相関/リサーチ・デザインとは何か/視聴率の落とし穴/あくどい誘導的質問/サンプリングにおけるバイアス
第5章 リサーチ・リテラシーのすすめ
リサーチ・リテラシー教育の必要性/社会調査を減らすには/あなたのリサーチ・リテラシーをテストする
あとがき
主要参考文献

●税別690円,ISBN 4-16-660110-5(Amazon | honto


以下突っ込みと推薦場所。

(1)序章の「豊かさ」指標が失敗した理由は,「豊かさ」とは何かという明確な理念に基づいた演繹的過程によって下部構成項目を作る過程が欠けていたために,内的妥当性がないからだという議論は,一理あるがまだ甘いと思う。内的妥当性が十分な指数なんてものがそもそもないのではないか? 真の失敗の原因は,「豊かさ」が劣ると評価された自治体が被害者として怒ったことであろう。あたりさわりのない,どうでもいい値とか,国レベルでしか求められなくて差別につながらない値には,本気で文句をいう人がいないからつぶれないのだ。物価指数と比較するのは,その意味で適当でないと思う。

(2)調査を濫用した事例からの議論展開としては飛躍がある点。国旗国家法案についての朝日新聞が「議論を尽くすべきだ」という世論調査項目を立てたこと,それを元に社説で「踏みとどまるなら,いまのうちだ」と議論展開しているのを筋が通っていないと批判するのは,国旗国家法案の是非という観点からは正しいかもしれないが,朝日新聞のとったフレームは審議の進め方の是非についてのもので,法案そのものの是非は問題にしていないのだから,端的に言ってこれは曲解である。実際,その次の文章「自分たちの気に入らない法案は,いつも決まって「十分な審議がなされない」状態であり(例えば「サッカーくじ」や「組織犯罪に対する法案」),もっと議論を尽くすべきだと主張するが,与党議員による数をたのんだ採決は,常に「数の暴力によるゴリ押し」というわけである」というのは,まず日本語としておかしいし,一例を元にして「いつも決まって」とか「常に」とかいうのは論理的におかしい。この文章のあとで,質問項目のキャリーオーバー効果に注意せよと指摘している点にはまったく同感なのだが。

(3)細かいことだが,Scientific Americanは専門誌でなくて一般誌である(p.111)。

(4)自然科学に関して言えば,ISIのSCIとかSSCIとかいったものが日本人の研究の格付けにも使えるはず。もっとも,引用回数は世の中の風潮に流されるから学問としての重要度とは必ずしも比例しないという点に注意しなければならない,という点に触れないのは片手落ちであろう。signal transduction関係のネタと生態学のネタではそもそも研究者の人数が大違いなのだから,それらの間で引用回数を比較しても無意味であろう。

(5)p.122で平野候補に投票したと答えた人が予想された人数より少なかったことから「人はウソをつく」と主張されているが,この事例では回収率が出ていないので,そうは判断できない。その後の参院選の投票に行ったかどうかという新聞の調査についても回収率を書いてくれないと判断できない。

(6)p.130でのPerls TT批判だが,人数が少ないことは必ずしも無意味ではない。これは社会調査ではないのだから。そんなことを言ったら,すべての動物実験は無意味だということになってしまう。元の論文を読むと,オッズ比の95%信頼区間が1.02-18.7で(ぎりぎりだけれども)統計的に有意だとわかるし,コントロールの適格性ということで著者が問題にしている「出産年齢のほかに寿命に影響を与えそうなほかの要因はなかった」というのは日経が間違って紹介しているので,Perlsの原著では「子宮摘出率,45歳以前に配偶者が死んだ割合,結婚したけれど子どもが生まれなかった割合,教育を受けた年数,宗教,人種には,2つのコホート間で違いがなかった」と明記されている。つまり,Perlsはコントロールをきちんととっている。そうでなければNatureが載せるはずがないではないか。Perlsを批判するなら,むしろ偶然の結果である可能性をつくべきである。この問題はいろいろな人によって追試が行われていて賛否両論あるが,最新のAmerican Journal of Epidemiologyに載った,826人の女性を対象としてフォローアップしたCooperらの論文によると,40代で末子を産んだ人は,30-34歳で末子を産んだ人に比べて死亡のリスク比が2.14 (1.05-4.38)と,Perlsらとはまったく逆の結果になっていることが注目される。いずれにせよ,まだ結論は出ていない状態であり,ここでの谷岡の批判は的外れである。

(7)p.139のバイアスの指摘は,報知新聞の記事とは微妙にずれている。93%とは精子の奇形率が10%を超えていた人数であって(WHOの基準では正常形態が30%未満のときに精子の異常とみなすので,奇形率10%に何の意味があるのかは謎だが),『「ハンバーガーをよく食べる」と答えた77%に精子奇形率が高い傾向があった』とは直接結びつかない。「高い」は奇形率何%で切ったのかが元の新聞記事に書かれていないので判断できないが,p.140に至る議論の展開ははっきりいって的が外れている。もちろん報知の記事はおかしいのだが,谷岡による批判もまた誤解に基づいていて的外れだと思う。

=====
なお,p.141からの「リサーチ・デザインとは何か」という小見出しから始まっている議論展開はコンパクトに重要な点をまとめていてすばらしいと思う。社会調査に類したことをしようと思った人は,ここだけでも読めば損はないと思う。文献リストも役に立つだろう。あとがきによると明治大学の安蔵さんの知り合いらしいので驚いた。

★序章に「反論は文章でお願いしたい。また一般のマスメディアに反論を載せるときは,反反論のスペースを(少なくとも反論スペースの半分以上)お願いしておきたい」とあったので書いておくと,(1)~(7)の突っ込みに関しては,この場で再反論を期待している。書き込み願えれば幸いである。


Sep 04 (mon), 2000, 13:31

中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website

信州大学教育学部 守一雄さんによる「年間百冊読書する会」月報の書評
http://zenkoji.shinshu-u.ac.jp/mori/dohc/dohc0009.html

早稲田大学でデータ解析・世論調査・選挙予測・企業評価・マーケティングを専門とされている鈴木督久さんの書評
http://faculty.web.waseda.ac.jp/stok/menu06/book1.html

も併せて読まれることをお薦めする。とくに鈴木さんの書評は,専門家が真っ向から内容批判を展開していて読むべきである(ぼくの批判点とはまた違うところに着目しているのは専門の違いであろう)。ただし,スタンスの違いをもって対決する,つまり社会調査をする人と社会調査論をする人の違いだという落とし方では(科学者と科学論者の違いという問題とオーバーラップするが),つまらなくなってしまう。やはり内容レベルできちんと評価すべきではないだろうか。


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