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書評

最終更新:2019年2月13日(水)


旧書評掲示板保存ファイル/書評:『「長寿食」世界探検記』

書名出版社
「長寿食」世界探検記講談社
著者出版年
家森幸男2000年



Nov 07 (tue), 2000, 17:53

中澤 <k1-1.humeco.m.u-tokyo.ac.jp> website

本書はタイトルから連想されるような怪しいものではなく,24時間尿(例えば窒素出納を調べるには,一日に摂取した食物と,排泄される窒素量を調べなくてはならない。窒素は尿素の形でかなり尿中に排泄されるので,24時間ずっと尿を容器に貯めて,それをよく混ぜて窒素濃度を測り,24時間で貯まった尿量を掛けて尿中に排泄された窒素の一日の総量を計算し,タンパク摂取量などを推計するのに使うのである。ふつう途上国のフィールド調査で24時間蓄尿するのは不可能とされているのだが,著者たちは排泄された尿のちょうど40分の1ずつを保存していく二重構造の尿カップを開発して,不可能を可能にしたということだ)を世界中で採集して回り,食事調査をしたという研究紀行文である。この本自体は駆け足すぎるように見えるが,きっともっと詳しい個別事例が論文あるいは報告書になっているのではないかと思われる。驚嘆すべき,すごい栄養学研究だと思う。資金集めの苦労話なども参考になる。

フィールドでの体験談は,ぼく自身の体験とも共通する点がいくつもあるのだが,本当にいろいろな目にあっている。WHOの健診という立場ならではの問題もあれば,逆にその立場だからこそ回避できる問題もあるということが否応なく意識させられる。国際疫学調査を志す研究者にとっては必読書ではなかろうか。

何度も同じ記述が出てくるので,著者が言いたいことは実に明確に伝わってくる。健康長寿を目指すならば,食物繊維と魚と大豆と抗酸化物質(ビタミンCやビタミンEなど)を十分にとることが大事で,肉はゆでこぼして脂肪をなくし,塩ではなくて香辛料で味付けをして食べるならば,高齢者の健康に良く,沖縄の伝統的食事はまさにこの条件を満たしている,ということである。2番目くらいに言いたいことは,たぶん,世界の健康長寿社会では,高齢者でも社会の中で役割をもって張りのある生活をしているということだろう。本書中でも小金井研究がしばしば引用されているが,この辺りの主張は,柴田博「肉食のすすめ」とかなり共通している。ただ,この本のネタは学問としても小金井研究以上にぼくの琴線に触れるので,原著論文を読まないと勿体無いだろう。

もっとも,家森さんは医師によくいるタイプで,近代医療の目指す病気のない状態としての健康を理想モデルとして疑わないように見え,食事についても食文化的視点以上に「健康」を志向している点が,人類生態学的には少々ひっかかる。

●税別1700円,ISBN 4-06-210271-4(Amazon | honto


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