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方法は,伝播モデルはパンデミックインフルエンザ用に開発された個人ベースシミュレーションを改変し,細かい人口密度データを使って(年齢と世帯規模の分布はセンサスデータによる)地域ごとの個人が,世帯内,学校内,職場内,コミュニティ内で接触する過程をシミュレートしている。学級サイズと生徒/教員比を使って地域の人口密度に比例したサイズの学校人口を生成し,職場の人口規模の分布データと通勤距離データから職場人口を生成している。S(感受性者)とI(感染者)の接触を通して感染イベントが起こり,コミュニティ内の感染は接触者間の距離に依存してランダムに起こり,学校内での接触確率は,これまでのインフルエンザパンデミックで観察された子供同士の感染率に合わせるため,それ以外の2倍に設定している(注:ここの設定にはかなり疑問がある。ほぼランダムリンクで接触確率に応じて感染が起こるインフルエンザとは,COVID-19の感染の特性は大きく違い,感染が起こるかどうかは接触の環境条件に依存するので,インフルエンザのモデルを流用することは妥当性を欠く。このモデルによるシミュレーションの結果は,子供の影響を過大評価しすぎているし,クラスターの連鎖による感染拡大という特徴をまったく考慮していないことからRの過分散も扱えておらず,あまり信頼できない。Ferguson教授とは思えないミスだと思うが,まったくその点に触れていないので,もしかすると知らないのかも)。感染のほぼ1/3は家庭内で,1/3は学校と職場で,残り1/3はコミュニティで起こると仮定した。先行研究から,潜伏期間は5.1日,感染力のある期間は,発症する人では発症12時間前から,無症状の人では感染後4.6日から始まり,そこからずっと続くことから,平均世代時間6.5日という結果になると仮定している。武漢の初期の感染者増加率に基づいて,R0は2.4とし(ただし2.0-2.6の範囲を調べた),症状がある人はない人より50%高い感染力をもつが,個人の感染力は平均1,シェイプパラメータα=0.25のガンマ分布に従うとした。回復後の人は免疫がつき,短期間では再感染しないと仮定した(Flu Watchのコホート研究から考えて,同じ系統のコロナウイルスが,同じシーズンや翌シーズンに再感染することはまずないだろうから)。1月上旬からの各国での感染は指数増加(倍加時間5日)をベースにして,英国と米国で2020年3月14日までに見られた累積死亡数を再現するような流行状況に調整した。表1に,中国のデータに基づき,肺炎一般の入院データなども考慮して,この論文で用いた,年齢層別に入院が必要な有症状者の割合,集中治療(人工呼吸器かECMO)が必要な入院者の割合,感染致命比を示す(注:この表は推定値であり,年齢層別しないIFRの推定値を0.9%としているので,西浦さんたちの0.3-0.6%よりだいぶ高い)。NPIsの介入シナリオとしては表2に示す5つとその組み合わせを考えている。CI(自宅隔離:有症状なら7日間自宅にいて,家庭外の接触を75%減らすとし,70%の世帯がこの政策に従う),HQ(自宅検疫:1人有症状者が出たら世帯全員が14日間自宅にいて,世帯内接触は倍増するがコミュニティでの接触は75%減り,半数の世帯がこの政策に従う),SDO(70歳以上が社会的に距離を置く:70歳以上の人は職場の接触を半減させ,代わりに世帯内の接触は25%増え,コミュニティでの接触は75%減るとし,75%がこの政策に従う),SD(全人口が社会的に距離を置く:全世帯がコミュニティでの接触を75%減らし,学校での接触は変わらず,職場での接触は25%減り,世帯内接触は25%増える),PC(学校閉鎖:小中高はすべて閉鎖,大学は25%のみ開校,学生の家族との接触は50%増え,コミュニティでの接触は25%増える)の5つ(注:本文にはマスギャザリングの停止も書かれているが,表には入っていない)。CIとHQは発症がトリガーとなり翌日実施されるとする。他のシナリオは集中治療を必要とする重症者数をトリガーとして政府の決定により始まるとする。緩和策の場合は3ヶ月,抑え込み策の場合は5ヶ月かそれ以上続けるとした。結果は,(ありそうにないが)まったく何の介入もしない場合は,図1(縦軸は人口当たりの死亡率であることに注意)に示されている通り,英国と米国の81%が感染し,両国とも死亡率のピークは6月頃で,英国では51万人,米国では220万人が死亡するとなった。英国における6月のピーク時に必要な集中治療ベッド数は人口10万当たり280程度となった。緩和策の場合,英国でのシミュレーション結果は,図2に示すようにPCでは僅かに死亡率のピークが下がり先に伸び,CIはもう少し大きくピークが下がり,CIとHQを組み合わせるとピークの高さは何も対策しない場合の半分くらいになり,CIとHQとSDOを組み合わせるとピーク死亡率が人口10万当たり100未満になり,7月初め頃になった。いずれの場合でも,ピーク時には重篤な患者を治療するためのベッド数のキャパを大きく超える。結果は図には載せていないが,マスギャザリングイベントの禁止はほとんど効果がなかった。そういうイベントでの接触時間は,家庭,学校,職場,バーやレストランといった他のコミュニティにおける接触時間に比べて,相対的に短いから(注:これも,感染確率が接触時間に比例するというモデルの仮定に依存していて,たとえ2時間でも連続して集団感染が起こりやすい条件を備えた場にいたら感染確率が飛躍的に上がる,という可能性をまったく無視している点が,この研究の欠点であり限界)。表3は,英国での3ヶ月の緩和策の効果を予測したもので,R0が2.4の場合と2.2の場合で,累積重症者が何例になったときに政策発動するのか4段階で,どれくらいピーク時必要病床数と総死亡数を減らせるのかを示しているが,PCだけでは死亡数削減効果はほとんどないのが目立つ(注:こんなに学校での感染を重く見たモデルでも,学校閉鎖の効果がほとんど出ないのは注目すべきである。安倍首相が打ち出した全国一斉休校がどれほど馬鹿げた愚策であるかわかるだろう)。総死亡数を半減させるには,CIとHQとSDOの組み合わせが必要となっている。英国での抑え込み策の結果は図3に示されていて,2020年3月末から5ヶ月介入した場合,CIとHQとSDの組み合わせで(6月から9月にもわずかに病床数を超えてしまうが)ピークを12月に先送りでき,ピークにおける必要集中治療病床数も人口10万当たり120程度に抑えられるが,SCとCIとSDの組み合わせでは,同じく12月まで先送りできるが,子供や学生に免疫がつかないため,ピークにおける必要集中治療病床数は人口10万当たり300近くなる。英国の抑え込み策の発動をSCとSDについて順応的にして(他の策はずっと発動し続ける),ICU症例100をオン,50をオフのトリガーにした場合,図4に示すように,5月の最初のピークのみ週1200程度のICU症例が出るが,以後は3ヶ月おきくらいに週400以下の小さなピークが来るがICU症例の爆発的増加を抑えられることが示されている。オンのトリガーをいくつにするかは結果に影響する(表5に示す)が,オフのトリガーはあまり影響なかった。以上の結果から,医療崩壊を起こさないためには複数の抑え込み戦略の順応的適用が必要であることが示唆された,というのがこの論文の主旨である。中国のように社会全体で徹底的にSDをやればRを1未満にできて抑え込めることはわかっているが,その場合,感染しないままに残る人が多いためリバウンドの可能性があるので,最近抑え込み策を緩めた中国での流行状況がどうなるかをモニターし,来週以降どうなるかを見なくてはいけない,という主旨のことも書かれていて,そこはその通りと思った。PCは緩和策より抑え込み策で使う方が有効だが,PCだけでは緩和にも不十分,とも書かれている(注:定性的には当たり前だし,この研究は伝播モデルがインフルエンザと同じだから,抑え込みで有効かどうかについても信頼性は疑問。ただ,季節性インフルエンザでは免疫レベルが高い大人よりも,免疫レベルが低い子供が伝播の主役となることと対照的,と書かれている点は注目してほしい)。多くの国では長期間の抑え込み策は実現可能性が高い政策ではないので,3ヶ月程度の緩和策を順応的に適用していく方が良い,と提言している。2020年3月16日時点で,COVID-19のパンデミックは大きな地球規模の健康への脅威となり,世界で164,837人の感染者数と6,470人の死亡数が確認されていて,少なくとも1人の患者が確認されている国は146ヶ国と急速に拡大中である。これに匹敵する新興感染症の流行はスペインかぜで,当時ワクチンはなかったので,米国を含むいくつかの国は,一般集団における接触率を減らすことによって伝播速度を下げることを意図した,薬剤以外の多様な介入方法で対応し,早期に介入を導入した都市では症例数を減らすことに成功し,介入し続けている限り死亡率も低く保てたが,介入を止めると伝播は再び活発になった。現在の我々の感染症や予防の理解はスペインかぜ当時とはまったく違うが,世界の国々を見渡せば,スペインかぜと同じ問題に直面している国もある。NPIsとしては,2つの基本戦略が取れる。
(a)抑え込み(suppression)。再生産数を減らすことが目的。Rを1未満にすればSARSやエボラのようにヒトからヒトへの伝播を低いレベルになり,感染者数が減る。このアプローチの問題は,NPIs(使えるとすれば治療薬も)が,ウイルスがヒトの集団の中を循環しているうちは,あるいはワクチンが使えるようになるまでは,維持されねばならない(少なくとも間欠的には)ことである。COVID-19の場合,ワクチンが使えるようになるまでには,少なくとも12-18ヶ月かかる。また,できたばかりのワクチンが高い効果をもつ保証はない。
(b)緩和方策(mitigation)。この場合,NPIs(もし使えるならワクチンや薬剤も)の目的は,伝播を完全に邪魔することではなく,流行の健康影響を減らすことである。1918年のスペインかぜの時に米国のいくつかの都市で適用され,1957, 1968, 2009年のインフルエンザパンデミックの時,より広く世界で適用された方法である。例えば,2009年のパンデミックの時,ワクチンの早期供給は重症化しやすい基礎疾患がある人を対象としていた。このシナリオでは流行を通してある程度集団免疫がついた時点で,急速に患者数と伝播が低い水準に落ちる。
これらの戦略はRを1未満にして患者数を減らすことを目指すか,Rを減らすが1未満ではなく,たんに感染の広がりを遅くすることを目指すかが違っている。
この報告では,COVID-19への戦略として,これら2つの実現可能性と意味するところを考え,広い範囲のNPIsを想定する。SARS-CoV-2は新興感染症なので,まだその伝播について理解すべきことが多く残っている点には注意すべきである。加えて,NPIsの多くの影響は,いかに人々がその導入に反応するかに掛かっていて,それは,国によっても,コミュニティによってさえ違う。加えて,政府の強制介入がなくても,人々が突然行動を大きく変えることは,きわめてありそうなことである。
ここでは倫理や経済的な側面は考えない。抑え込みは,中国や韓国で今のところ成功しているが,莫大な社会的・経済的なコストが掛かり,そのこと自体が,短期的または長期的に健康とウェルビーイングに重大な影響を与える。緩和方策は重症化や死亡からそのリスクにある人々を完全に守ることはできないし,死亡率は高いままになるかもしれない。実現可能性とヘルスケアシステムへの影響に焦点を当てる。英国(注:この論文ではGBと書かれているので,北アイルランドを含まないことを強調したいのか?)と米国という2つの異なるヘルスケアシステムをもつ国についての結果を提示するが,多くの高所得国に適用可能だろう。
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