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2026年8月のラオス健康調査

Copyright (C) Minato NAKAZAWA, 2026. Last Update on 2026年8月15日 (土) at 21:16:53.


【第1日目】 今年はホーチミン経由でビエンチャンへ(2026年8月10日月曜)

6:00過ぎに出発。荷物が重い。JRで三宮に6:25くらいに着いたので、6:30頃のバスに乗れた。関空片道2200円、往復3700円なので往復を買った。関空第1ターミナルには7:45頃に着いた。電光表示板を見るとベトナム航空はGカウンターと表示されていたので、カウンター前の自動チェックイン機でチェックインした。ボーディングパスも荷物タグも自動チェックイン機から出てくるのは便利だが、受託手荷物預けカウンターが混んでいるので暫く並んだ。預けるスーツケースが制限を若干超えていて、本当は無料で預けられるのは23 kgまでだから次からは気をつけるよう言われたが、今回は無事に預かって貰えた。

海外旅行保険は去年と同じAIG損保のevacuation無制限のプランのうち補償額が中間のものにしたが、去年より値上がりしていた。カウンターの方によると、AIG損保は一時撤退していたが最近復活したので、これまでのデータは出てこないそうで、いろいろ書類を書いた。

ゲートが32番という遠隔地だったので、早めに手荷物検査と出国審査を通った。とくに問題なく通れた。シャトルの1番乗り場から先端駅に移動し、32番ゲート前でボーディング開始を待ちながら以上メモした。

ベトナム航空VN0321は、ほぼ定刻に離陸した。途中何か所か揺れるところがあったが、順調な旅であった。ナッツと飲み物がでてから暫くして昼食も出た。和食とアジアン洋食(?)を選べるようになっていたが、後者にした。サラダとケーキとミートローフのようなものとフライドポテトで、味はまあ悪くなかった。機内映画が手元で選べるサービスが着いている機体だったので、富士山とコーヒーがモチーフになっていて、長塚京三さんが泣かせてくれる映画と、息子が勧めていたひゃくえむ。というアニメ映画を見た。

時差2時間(日本はGMT+9だがホーチミンはバンコクと同じくGMT+7)なのでホーチミンに着陸したのは現地時刻13:10であった。International Transitのゲートで簡単な手荷物検査があり、ベルトを外さないと通れなかったのは面倒だったが、とくに止められることはなかった。時間が暫くあるので、8番ゲートの近くのカフェでココナツコーヒーという甘い飲み物を買って、飲みながらスマホ(ahamoのSIMは海外でもほとんどの国でそのまま使える)でXとBlueskyとLINEとメールに応答した。ココナツコーヒーはとくにココナツの味はしないので、名前の由来は不明だが、まあ東南アジアに良くある甘いアイスコーヒーであった。

一通り返信し終わったので、ゲートの近くの座席でPCを開き、ここまでメモを打った。ついでにonline immigrationの手続きをスマホから済ませた。日本人は目的によらずビザなしで30日までなら滞在できるので(それにもかかわらず、関空のベトナム航空の係官から、ビザについて聞かれて、もちろん取っていないと答えたが)、途中でVISAについて聞かれるところではEXEMPTIONを選んだらうまくできたようだ。

VN920は予定よりボーディング開始がかなり遅れたが、飛び立ってからは順調にプノンペンに着いた。時間が短いこともあって、ミネラルウォーターだけが供給された。プノンペンではすべての荷物を持っていったん降りなくてはいけないのが面倒。アナウンスではtransfer areaに行けと言っているが、空港の建物に入るところに係員が待っていて、ヴィエンチャンまで行く人に呼びかけてTRANSITと印刷されたラミネートコートされたカードを配っていたので、これなら間違えることはなさそうだ。進路に従って行くと、普通のINTERNATIONAL TRANSFERのゲートがあって、手荷物検査も一々やるのだった。しかも、ここの係官が暇なのか、ここまで何も言われなかったポータブルプリンターとノートPCを手荷物から出してもう一度機械をくぐらせる必要があった。逆にベルトはピーと音がなったが別途係員が金属探知機でチェックしてOKとなったが。いずれにせよ、同じ飛行機に乗り続けるだけなのだから、そもそも降ろさなければ良いのにと思うが。

プノンペンの巨大な空港を歩いて23番ゲートに着くまで10分以上掛かったと思うが、既にファイナルボーディングコールが近かった。乗ってみると既に大勢の乗客がいたが、要するにプノンペンから乗る客を先に座らせてから、乗り続ける人を入れるという流れにしているようだ。機内アナウンスでわかったが、VN920はビエンチャンの次はハノイに行くそうで、つまり、ホーチミン→プノンペン→ビエンチャン→ハノイという巨大な周回ルートになっていることがわかった。だから復路はハノイ経由になるのか。

プノンペンからビエンチャンまで1時間余りだったが、軽食として卵サンドイッチとフルーツ(スイカ、パイナップル、ドラゴンフルーツ、パパイヤが一切れずつ)が出た。コーヒーも普通の味だった。

ビエンチャンのイミグレではeVISAではなくFOREIGNERのところに並んで結構順番を待ったが、online immigrationの認証画面を見せる必要もなく、ただパスポートを提示するだけで手続きが終わった(前に並んでいた人たちは結構時間が掛かっていたが)。荷物をピックアップした後は税関を通るわけだが、申告なしのところには係官さえおらず、スルーであった。

ホテルまでは空港タクシーのカウンターでFAMILY BOUTIQUE HOTELまでと言ったら7ドルで手続きしてくれたのは良かったが、ドライバーがMEMORY HOTELと勘違いしたらしく、全然違うところで降ろされてしまった。違うと気づいたときには既にタクシーはいなくなった後であり、仕方ないので15分ほど重い荷物を引きずって歩いた。まあ良い運動になったかもしれない。

agotaで取っておいたFAMILY BOUTIQUE HOTELのチェックイン自体はスムーズで、近くのコンビニでサンドイッチを買ってきて食べた。明日は6:30集合なのでそろそろ眠っておくべきかもしれない。


【第2日目】 サワンナケートへ飛んでから車で調査地近くの町へ(2026年8月11日火曜)

5:30起床。シャワーを浴びて髪を洗い、メールチェックを済ませてからチェックアウト。6:30に丹羽さんと合流し、丹羽さんがLOCAというスマホアプリで呼んでくれたタクシーで空港へ。ラッシュ前だったらしく10分で着いてしまった。

ラオス航空国内線のカウンターでチェックインしてから、バインミーとアイスコーヒー(相変わらずベタ甘)のセットで10万キープという朝食を買ったところで、ぼくが指導している大学院生でラオス人医師のエマさんも合流。朝食後にゲート(なぜかImmigrationと書かれているし、ボーディングバスと一緒にパスポートも出すように求められるので、スタンプをパスポートの方に押されそうな気がするが、もちろんボーディングパスへのスタンプを押される)と手荷物検査場を通ってゲート7の前で搭乗開始時刻を待つ。ほどなく搭乗案内がアナウンスされ、無事に乗機できた。横4列のプロペラ機で、たぶん150人くらいが定員だと思うが、それがほぼ満席だった。機内ではペットボトルのミネラルウォーターが配られた。

とはいえ、ほぼ1時間でサワンナケートに着くので、水を飲み干す暇もない。預けた手荷物を無事に受け取ったところで現地スタッフのMさんと合流し、蒋さんが手配依頼しておいた車でセポンへ移動開始。

Amazon Cafe in the drive-inn of Savannakhet

途中のドライブインのようなところでトイレ休憩したが、アマゾンカフェというちょっとスタバっぽいオシャレな珈琲屋でアイスカフェオレを買ったところ、朝の店とかホーチミンの店のココナツコーヒーと同じくベタ甘だったのは残念だった。ここにはセブンイレブンもあったが入らなかった。セポンへのドライブはサワンナケート空港から約3時間であり、ドライブイン後が長かった。道の両側で何度か洪水被害を受けている場所を見た。

セポンに着いて、まずは昼食。ガパオライスがあったので、皆それを頼んだ。肉の種類をビーフかポークか選べたので、ぼくはビーフにした。辛いが美味かった。唐辛子の辛さ以上に、ニンニクが大量に入っていてスタミナがつきそうだった。ホテル(このページに載っているViengxai Guesthouseだが、Viengxai Hotelと看板には書かれている)にチェックインしてから、病院を兼ねているヘルスセンターに行って所長に挨拶。2ヶ月くらい前に、我々の調査対象地の隣村にタイとオーストラリアの合同調査チームが入って健診のようなことをしたそうだが、まあ隣村なので問題はない。

水位が高い川岸

その後、村に渡れるかどうか、川まで様子を見に行った。果たして、川べりに近づく前にも雨で巨大水たまりができている場所があり、去年買ったサンダルで来ているのでズボンの裾を捲りあげて踝くらいまで水に入って行くしかなかった。明日もこれをするのか。川べりまで行くと去年より10メートルくらい水面が高い感じで、渡れるのかどうか不安になったが、Mさんが村長さんに電話してくれて相談した結果、通常なら船頭1人と乗客2人で渡るところを、船頭2人にして乗客は1人ずつ運ぼうということで話がついた。明日は7:00に臨時船着き場で拾ってもらうことになった。

セポンに戻り、ATMでキープを引き出し(銀行の前にあったATMで、PRESTIAのカードで無事に200万キープを引き出せた。巨額に見えるが10万キープ札を20枚だし、日本円でいうと約1万4千円)、ホールセールのようなところで若干の買い物をしてから18:00まで持ってきた機械の試験運転とか荷物の仕分け(飛行機に乗るためには液体や計測機器を預け荷物にするスーツケースに入れてきたが、大きなスーツケースを持って小さな船に乗ることはできないので、ホールセールで買ったバッグに調査で使うものだけを詰め直し)をしていた。

晩飯は昼飯と同じ店で、空芯菜の唐辛子にんにく炒め、卵焼き、豚肉野菜煮込み、チャーハンを注文してシェアした。どれも大変美味であった。今日はアルコール飲料を注文しなかったので、料理が大変安価であった。食後は翌朝の集合時刻を6:30に決めて各自部屋に戻った。WiFiのパスワードが入口のカウンター前に貼られているのを入力したら、WiFiの接続はされたが、ルータがインターネットに繋がっていないというエラーがでるのだった。仕方ないのでスマホをUSBテザリングさせてメールチェックしたが、日本が祝日であるためか、あまり溜まっていなくて良かった。20:30頃に荷造りが終わったので、歯磨きをした。あとはシャワーを浴びて眠るとするか。


【第3日目】 調査開始(2026年8月12日水曜)

5:40頃、アラームが鳴る前に自然に目が覚めた。トイレを済ませ、メールチェックしてから出発。途中で朝食と昼食は買う予定。

フォー風の鶏肉ぶつ切り麺

結局、朝食は近所の店でベトナムのフォーみたいな米粉の麺と鶏肉のぶつ切りを煮たものに、無料でついてくる野菜を大量に入れて食べ、市場に行って昼食にする弁当としてソーセージと干し肉と蒸したもち米を買った。Mさんによると、村長との電話で手漕ぎボートでは難しいということになり、調査対象の村の隣村からエンジン付きのボートを借りて(1日100万キープ、つまり約7,000円とのことで、安くはないが背に腹は代えられない)行くことになった。

ボートの上でドロドロになった足を眺める

途中でローカルのヘルスボランティアのような方をピックアップして川岸に着くと、昨日より3メートルくらい水位が下がっていた。昨日見た船着き場にはエンジンボートは入れないようで、別の場所から乗ることになった。そこの足元がドロドロになっていて、サンダルでは滑るし足が沈むということで裸足になって踝より上まで泥まみれになりつつ乗船した。乗ってしまえばとくに問題はなく、荷物も含めて2往復で渡りきった。対岸の方が若干足場は良かった。

村長が集めておいてくれた人たちに現地語でMさんとヘルスボランティアの方が調査目的などを説明し、調査用具の設置場所と役割分担(インフォームドコンセントと質問紙をMさんとヘルスボランティアの方、ぼくは尿検査で、血圧測定と生体計測をすべてエマさんと丹羽さんが担当してくれたが、時間配分がそれぞれ同じくらいになったので、どこにも人流が滞らず効率的であった)と人の流れを大雑把に決めて調査開始。インフォームドコンセントをとるのにサインができない人が多く、拇印にするためのスタンプがなくて困ったが、いったん口頭で同意してもらってMさんとヘルスボランティアの方が記名し、拇印は明日もらうことになったという問題は生じたのと、尿中Na+が高濃度過ぎてppm単位では測れないサンプルがいくつもあって、機械のMEASボタンを何度か押すことでmV単位なら測れることがわかって良かったが一瞬冷や汗をかいたこともあったが、順調に調査は進み、昼までに24人の健診と質問紙調査を済ませた。当初は自分が尿検査の他に皮脂厚測定も掛け持ちしなくてはならないかと思っていたが、尿検査場所はちょっと離れたところにした方が良いという矛盾が悩ましかったが、さすがに医師だけあってエマさんの血圧測定とtricepsとsubscaplarの皮脂厚測定と腹囲測定の手際が良く、すべて任せてしまえて助かった。

昼食は買ってきた弁当に加え、野菜やきのこを辛いスープで煮たものと、まるで信州の根曲り竹のような小ぶりのタケノコを煮たものが村から提供され、これがまた美味であった。メチャクチャ辛いチリで作ったという香辛料と、味噌のような若干マイルドな香辛料の皿がついてきたので、タケノコをマイルドな方につけて食べたら本当に美味で、サバ缶を持ってきて一緒に煮込みたくなるほどであった(この感覚は信州人にしか通じないかもしれないが)。

午後は9人だったが、そこで前日に村長が声をかけておいた人は全員参加したそうで、14:00だったが今日は切り上げることにした。けれどもそれは正解で、往路と同じく苦労して(かつ、往路とは違う船着き場から)エンジンボートの2往復で車に辿り着いた頃から雨が降り始め、ホテルに着いた15:00過ぎには土砂降りであった。ズボンにも泥がついたりしていて、手洗いで洗濯する必要があったが、その後は今日のデータをPCに入力などしていたら18:00になったのでロビーに降りた。

Mさんが18:30に来たので一緒にいつものレストランに行って翌日の打ち合わせをしながら晩飯。今日は魚と野菜の鍋と空芯菜のニンニク唐辛子炒めにしたが、大変美味であった。

大人しくホテルの部屋に戻り、このメモを打ってからデータ入力の続き。だが疲れが出て、終わらないうちに眠ってしまいそうだ。


【第4日目】 順調ではあるが(2026年8月13日木曜)

昨夜案じていた通り寝落ちしてしまい、気がついたら5:00を過ぎていたので、シャワーを浴びて髪を洗い、再びデータ入力の続きとかメールチェックをしていたら、あっという間に6:20を過ぎたのでロビーに降りた。

このホテルはお湯はちゃんと出るし、毎日ベッドメイクもしてくれるし、新しいミネラルウォータのペットボトル(350mL)を2本くれるし、空調もちゃんと効くのは良いのだが、WiFiがインターネットにつながらないのと、ランドリーサービスがないのが欠点だと思う。バスタオルは毎日2枚換えてくれるのだから、洗濯と乾燥をする設備はあるはずで、ランドリーサービスくらいやったら良いのに。WiFiもルータをリセットすれば繋がるのではないかと思うが、去年からずっと同じ状態なので仕方ないか(スマホのUSBテザリング機能を使っているが、スマホの接続も4Gなので遅い)。

6:30に待ち合わせて隣のレストランで朝食。細麺のフォーに骨なし豚肉の唐揚げと野菜を入れてライムを絞ったもの+ベトナムコーヒー。砂糖なしにしてくれたのだが、なぜか仄かに甘い。もちろん基本はエスプレッソと同じなのでメチャクチャ苦いのだが。でも久々のコーヒーは美味かった。

昨日と同様に昼飯用の弁当としてソーセージとか干し肉とか鶏肉の照り焼きのようなものとか串焼きの雷魚に加えて、蒸したもち米と、さらに、塩と唐辛子で浅漬けした野菜(200 gくらいのポリ袋入で約70円という安さ)を買ってから車に乗って村へ向かった。

今日は昨日上陸したところからモーターボートが出るようで、水が流れてドロが流れたところを歩けば足が沈まないことを学習したので、昨日ほどはドロドロにならずに川岸に辿り着き、昨日よりさらに水位が下がった川も順調に渡れた。けれども、対岸の上陸地点がドロドロで、やはり膝まで泥に浸かってしまった。村に上がる崖は昨日より足場が良くなっていて、そこから先は順調だった。

8:00過ぎには調査を始めることができ、20人ほどは良いペースで村人が来てくれたが、そこからペースが落ちた。11:00過ぎからバッタリと誰も来なくなったので昼食を食べた。我々が持ち込んだ弁当の他には、昨日も貰った小ぶりなタケノコを煮たものに加えて、ゴールデンカムイに出てきたチタタプみたいな感じのリスの叩きと野菜と香辛料が細かく刻まれて混ぜたものが生で出てきた。流石にこれを食べたら腹を壊すだろうと思われたので、日本人の分だけそぼろみたいな感じで炒めてもらったが、もち米と一緒に食べたら大変美味であった。たぶん生の方が美味いのだろうが、感染症は怖いので加熱は欠かせない。加賀太きゅうりのような巨大なきゅうりがここの特産なのだそうで、それを切ったものも提供されたが、本当に加賀太きゅうりと同じような味だった。

村での昼食

午後は12:00から再開したが、人が来るペースが遅いので、村長を中心にしてラオラオの回しのみが始まってしまったらしい。13:00過ぎに村長が昨日声を掛けた人は既に全員来たから1杯飲めと言われてお猪口くらいの容器で半分だけ飲んでしまった。相変らずラオラオは喉が焼けるくらい強い酒だが、上質な泡盛みたいで美味い。というわけで、今日の調査はここで店じまいし、セポンの町に戻ることになった。

いろいろ話していたら、土曜に収穫祭(後で知ったが、正確には収穫前夜祭のような感じで、これをやってから新米の収穫をするらしい)があるとのことであった。村人は酒盛りになるので、もちろん健診などできないが、収穫祭の様子を見ることも調査の一貫として役に立つと思われるので参加することにはなった。ただ、土曜がお祭りだと、当然金曜から飲み始める人もいると思われるので、明日の朝は健診の続きをすることにしたが、それが本当にできるのかどうかが不安だ。

川を渡って道路に出ても車が来ていないので、道路の反対側にあった店に入って冷たい水を飲んだ。他のメンバーは既にラオラオで気分が上がっていたからかキンキンに冷えた缶ビール(BeerLaoではなくSAIGONとラベルにあったから、ベトナムからの輸入品なのだろう)を飲んでいたが、ぼくは晩飯までの間にデータ入力とスクリプト作成をしてしまうつもりなので飲まなかった。

セポンの町に着いて、ホテルに戻る前に銀行に寄った。ぼくは銀行の前のATMでPRESTIAのカードを使って300万キープを2回引き出し、丹羽さんは窓口で謝礼用の5万キープ札を大量に両替していた。

ホテルに戻って、まずはスマホとデジカメから写真をUSBでPCにコピーした。健診結果はデジカメで撮ったポートレートの下に文字と数字を入れたpdfを作ってプリンタで写真印刷して参加者に返すのだ。パプアニューギニアやソロモン諸島やラオス北部など、いろいろなところでやったが、だいたいどこでも好評だし、実際にそれで高血圧だとわかれば、それをもってクリニックに行くように勧めることができる。

Irfanview64のバッチ変換ダイアログ

手順としては、デジカメの写真は高解像度なjpgなので、それをIrfanView64というフリーソフトのBatch Conversion with Renameという機能を使って、image###.pdfという連番のpdfファイルに一括変換して1つのフォルダに出力するのが第一段階である。次に、同じフォルダにlist.csvという名前でcsv形式で保存した健診結果のデータファイルを用意する。さらに、同じフォルダに、Rのプログラムとして、list.csvを読み込んで、sink()を使ってTeXのソースを出力するスクリプトを用意する。TeXのソースの中では、1人1ページずつ、\includegraphicsでimage###.pdfを取り込み、その下に健診結果を(必要な場合は解釈とともに)書式付きで整形して出力するようにページレイアウトする。pdfLaTeXを走らせれば、全員分が1つのpdfファイルとしてできあがるので、効率よく写真プリントできる。

16:30頃までにここまでできたので、後はデータ入力の続きである。今日の晩飯は昨日より遅く19:00ロビー集合なので、まだ2時間はデータ入力ができそうだ。

データ入力は1/3くらい終わったところで18:55となったので中断しロビーへ。今日の晩飯は、セポンのヘルスセンター所長との会食だったのでベトナム料理屋で、ベトナムから輸入したという車海老のようなエビとイカと魚と豆腐と大量の野菜が入った火鍋のような鍋料理で、ビールも入ったので、6人で100万キープ近い値段になった(とはいえ、日本円に換算すると7000円しないので、酒が入ったにしてはありえないくらい安いわけだが)。食費は全員分を丹羽さんと2人でシェアすることになっていて、とりあえずということで300万キープを拠出したが、車代、ボート代、協力者への支払いはすべて研究代表者である丹羽さんの会計でやってくださっており、ぼくは随分楽ができている。

部屋に戻ってから少しデータ入力の続きをしたが酔いと疲れに耐えられず22:00過ぎには眠ってしまった。


【第5日目】 雷雨の夜が明けて(2026年8月14日金曜)

一晩中激しい雷雨で、落雷の音で何度も目が覚めたが、疲れが勝って起き上がるには至らず、目覚ましをセットした5:00に起床。

雷雨の影響で川がどうなったのか気になるが、とりあえずは約束の集合時刻までデータ入力の続き。

6:30に集合してホテルの隣のベトナム料理屋で昨日と同じメニューの朝食をとったが、食べている途中から結構な雨が降り出した。これは川も増水していそうだなあ、と心配しつつ、一応は川岸まで行ってみた。果たして、昨夜からの酷い雷雨の影響で増水し川の流れが早くなっていて、初日以上に水位も上がっていた。しかも、再び降り出した雨脚がどんどん強くなり、川の流れも早くなって行くので、村に行くのは断念し、デスクワークすることに決定した。数値の入力は簡単だが、ラオス語でとってある情報も入力しなくてはいけないので、Mさんの協力も得てそこを終わらせるのには、明日までかかりそうだ。

ホテルに戻ったら部屋の清掃中だったので、丹羽さんとMさんと3人でこれからの予定を話し合った。ちょっとこの雨の様子では水位が下がりそうにないし、明日は収穫祭で天気にかかわらず村人は飲んだくれていて健診どころか聞き取りもできないであろうという見込みから、明日もデスクワークを基本とすることにした。ただ、早くデスクワークが終わったら、セポンに入るところの左手に看板が出ていた金鉱に行ってみるのも良いのではないかという話になった。ちょっと論文を探してみたら、タイの同じ研究グループがセポンの金・銅鉱山からの川の水質汚染と住民の健康影響について2本の論文([1], [2])を出していた。セポン郡の先行研究としては琉球大の小林潤先生たちの高血圧の服薬遵守についての論文があったのと、東大国際保健出身の野中大輔さんが筆頭著者の健康行動についての研究があったが、他はほぼマラリア絡みの研究だった。確かにこの気候で川も近いし水たまりも多いのでマラリアはありそうだが、調査地の村にもセポンの町にもぼくのパプアニューギニアやソロモン諸島のフィールドほどは蚊がいないので、そこまでマラリア患者は多くないと思う。

部屋の清掃が終わったとのことで昼飯まではデータ入力の続き。

12:00にロビーに集合し、到着した日にガパオライスのようなものを食べたレストランで昼食。今日は海鮮チャーハンにしたが、まあ美味であった。ガパオライスが50000キープ(約350円)なのに対して、それより量が少ない海鮮チャーハンが60000キープ(約420円)なのは割高感があったが、今日は消費カロリーも少ないので良いことにする。

食事をしながら天気予報アプリの話になり、Mさんと丹羽さんのスマホだとSeponeというスペルでセポンの天気がでてくるのに、自分のスマホに入っているAccuweatherというアプリだとSeponeでもSeponでもXeponでも見つからない(インドやガテマラの地名と認識されてしまう)ので、同じくスマホに入っていたWeatherRadarというアプリを試したらXeponが一発で見つかったので、買い切りの2500円強で購入し、ウィジェットの日付時刻と気温と天気情報の表示をそれに切り替えた。

ホテルに戻って入力の続きをするが、ラオス語で名前を打ち出してあげないと写真と結果を返す意味が減るので、Mさんに別ファイルでラオス語での名前の入力をお願いした。

晩飯は18:00ロビー集合の予定だが、15:00前にMさんからファイルが届いた。Rコードを直しながら入力していることもあって時間がかかり、ぼくがやっている尿検査結果の入力はまだ終わらない。天気のせいか今日は時々停電するのが怖いが、ノートPCなので短時間なら停電しても問題はない。

入力完了してTeX組版しようとしたが、upLaTeXではエディタやLibreOffice CalcやExcelでは表示されているutf-8のラオス語フォントが文字化けしてしまうのだった(以前、ムアンゴイ近くの村で健診をしたときはどうしたのだっけ? と過去の記録を探したら、上手く行かないので諦めてアルファベット表記の名前をプリントし、ラオスの文字はマジックで手書きしてもらっていた)。webを検索したところ、たぶん最も簡単な方法が、(1) pLaTeXやupLaTeXではなくXeLaTeXを使う、(2) プリアンブルに\usepackage[fontspec]と\newfontfamily\laofont{Noto Sans Lao}という2行を挿入し、ラオス語フォントを使っている部分を{\laofont }で括るということであった。TeXソースをRで生成しているので、Rのcat("")の中でバックスラッシュを2つ続けてエスケープさせねばならないことだけ気をつければ、これは簡単だった。サイズ設定がまだちょっと問題なのと、一部年齢がわかっていない人のデータ更新が必要だが(ラオス語で自由回答してもらった欄もあるが、それは写真には印字しないので後回しで)、とりあえず目処はついたところで17:50となった。

外はまた土砂降りになっている。また川が増水しそうなので、日曜も行けるかどうか微妙だな。

晩飯はいつものレストランで、肉類と野菜と香辛料を細かく切って炒めたもの(肉類として魚肉を使ったものと鴨肉を使ったものを1皿ずつ頼んだが、見かけはまったく同じで区別がつかなかった)とスープと蒸したもち米を頼んだ。例によって辛いが美味であった。4人で約50万キープ(3500円くらい)だったので、吉野家で牛丼を食べるのと同じような額で、これだけ満足できるならコストパフォーマンスはとても良いと思う。

年齢確認はファイルを丹羽さんに渡してやっていただくことになった。XeLaTeXでL判写真用紙に印刷するためのサイズ設定は、検索した結果、プリアンブルに、\usepackage{geometry}と、\geometry{papersize={89mm, 127mm}, margin=2mm}を入れておき、本文では\includegraphics[width=85mm]{image###.pdf}とする(###の部分は実際のファイル名の連番が入る)だけで良かった。7年前のムアンゴイ近くの調査のときはできずに代替手段をとったが、今回はラオス語文字をpdfに入れてしまうことと、紙サイズを厳密に指定することに成功して嬉しい。技術の進歩は素晴らしい。

この時点ではまだ20:40なので、データ解析をしてみよう。明日の朝食のための集合時刻は7:30にしているので、多少夜ふかししても大丈夫なはず。


【第6日目】 今日も激しい雨(2026年8月15日土曜)

寝落ちしてしまい、6:30のアラームで起きたが、一晩中(雷こそなかったと思うが)激しい雨で、セポンの町が洪水になるんじゃないかと心配になるほどだった。これでは物理的に村に行くことは不可能だ。夜中に停電も何度かあったようだし、再び雷まで鳴っている。

今日は日本は終戦記念日だが、今年はラオスでそんな朝を迎えている。

朝食をいつものフォーとベトナムコーヒーで済ませた後、雨の影響について話していたら、鉱山へ行く道が雨で水没したという情報があり、スマホで写真を見せてもらったら、とても車では行けない感じであった。迂回路もないらしい。そうこうしているうちにほぼ雨は止んだが、道路状況はすぐには回復しないらしい。

仕方がないので今日もデスクワークをすることにした。データ解析をして論文を書き始めると良いだろう。

部屋のクリーニングが終わるまでロビーで待機していたのだが、ドライバーが仕事がなくて所在なさげだったので、後で町中まで湯沸かしポットでも買いに行こうかという話をしたところ、そんなものはすぐ近くに売られているといって2種類のポットを持ってきてくれた。片方は約30万キープ、もう片方は約23万キープだという。安い方なら2000円以下だし、これでドリップコーヒーが飲めるし、せっかくドライバーさんが持ってきてくれたのにどちらも要らないと返すのも気の毒だし、と思って安い方を買ってしまった。帰国するときにはMさんとかに進呈すれば良かろう。

というわけで、部屋でお湯を沸かし、日本からもってきた個包装のドリップコーヒーバッグを魔法瓶水筒にセットしてコーヒーを淹れたが、数日ぶりに飲むと薄くてもとても美味に感じる。

データ解析を少ししたが、散布図のスケールがおかしくてまだ訂正しないとわからないな、というところで12:00になったのでロビーへ。運転手として雇っている人の親戚がやっているというレストランでタマサート料理(地元の新鮮な素材を使って作った田舎料理、といった意味らしい)を堪能した。親戚価格なのか4人で満腹になるほど食べたが15万キープしかかからなかった。

SEPON MEDICAL CENTER

ホテルに戻る途中、ずっと気になっていたSEPON MEDICAL CENTERに行ってみたら、とくに何の手続きもなく中を見学させてもらえた。扉にも24時間体制であると書いてあるし、救急車やEmergency Roomもあり、人工呼吸のためか酸素ボンベもあり、エコーや内視鏡やデジタルX線装置や心電図の機械や手術室や分娩監視装置(たぶん)もあって、建物自体去年できたという真新しい施設だった。VIP ROOMという部屋が4つあったが、これは単なる個室ということで、そこまで豪華な内装ではなかった。ベッド数が合計20以上あったから、日本の基準でいっても病院といえる規模であった。民間の病院という話だが、ほとんどの説明がベトナム語とラオス語の併記なので、ベトナム資本なのだろう。サワンナケートに5年前にできた本院があるらしいが、ここで治療できない場合はベトナムに転院することもあるそうだ。ただ、CTスキャナーに関しては、部屋こそ用意されていたものの本体がなく、あれだけ宣伝ポスターには写真が入っているのにそれで良いのかと思ってしまった。2人ほど処置を受けている患者がいたが、ほとんどのベッドが空きだったし、これだけの規模の施設なのに今いる当番医は1人だと言っていた(受付の事務の人の答えだから、どこまで本当かはわからないが)ので、これで経営が成り立つのか他人事ながら心配になるほどだが、外国人観光客でも当て込んでいるのだろうか? エマさんの話では、最近ラオスには掛金を払わなくても良い健康保険ができたということだったので、現地の人もこの病院で保険適用でほとんど自己負担無く治療を受けられるのかもしれないが、この病院が保険適用なのかは聞かなかったのでわからない。面白いのは待合室の隣にマッサージチェアが2台置かれていて、無料で誰でも使えるようになっていることだった。それだけ使いに来る人がいたら困るのではないかと思ったが、運転手さんが試していたので、本当に無料で誰でも使えるようだ。

生年月日チェックが終わったファイルとMさんに自由回答欄の内容を入力してもらったファイルが入ったUSBを丹羽さんから預かったので、59人分に関しては結果印刷作業に入れる。晩飯のための集合時刻は18:00にしたので、それまでに終わらせられれば良いが。

16:30に一応印刷は終わったが、若干インクが劣化しているのか、印字が薄い部分がある。許してもらうしかないが。

INTERSALTの散布図のスケールを広げて今回のデータの平均値と個人ごとの値を重ねてプロットしてみたら、意外な結果であることがわかった。これまでの食事調査の結果などから受けていたイメージと食い違う。塩分摂取について訊いてみなくては。

晩飯はいつものレストランでトムヤムクンと海鮮チャーハンと卵焼きというタイ風のメニューにした。これで飲み物を水だけにしておくと4人で23万キープくらいで済む。帰りに銀行の前のATMで現金を引き出そうと思ったが、24時間営業のはずなのに電源が落ちていた。まあホテルをチェックアウトするときに払う額に手持ちの金が少し足りないだけなので、19日までに引き出せれば問題はない。

部屋に帰って暫くしたら、再び土砂降りの音がする。明日は6:30に集合して村に行く予定なのだが、行けるか不安。

共著者として関わっている論文がリジェクトされて再投稿されるたびに、ほとんどのジャーナルで共著者としてのauthorshipを確認する必要があるのだが、4G接続のスマホのテザリングで操作をしているとサイトからの応答に時間が掛かりすぎて鬱陶しい。ただconfirmをクリックするだけで済むジャーナルはまだ良いが、Editorial Managerを使っている多くのジャーナルは、ジャーナルごとにアカウント登録して専門領域などいろいろな情報を登録しなくてはいけないのが鬱陶しすぎる。回線が早ければまだマシだが、ここでは辛い。


Correspondence to: minato-nakazawa@people.kobe-u.ac.jp.

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